2024年の大ヒット作『破墓/パミョ』 解説

『KCIA 南山の部長たち』ネタバレ解説:ノワールの魅力と切ないデカルコマニー

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들

韓国に住んではいるものの、歴史や政治に疎い私が、特に期待もせずにこの映画を見たんですが…

映画が終わってもしばらくボーっとして抜け出せないくらい、心をつかまれてしまいました。

1979年に実際に起こった朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件を描いていますが、政治の話なのに、なんだかノワール映画を見ているような感覚

この映画は「東亜日報」に連載された記事が元になっていて、実際にあったとされる出来事が映画でも再現されています。

政治ものなのにノワール映画のようなフィクションに思えてくるのはなぜでしょう?

この記事では監督インタビューを基に、監督にどんな意図があったのか、この映画の魅力と監督が思いを込めたメタファーについて解説していきます。

まだ見ていない方は
>>『KCIA 南山の部長たち』感想:張り詰めた緊張感にシビれる – 大統領暗殺事件

パンダ夫人

映画を見てから読んでね

この記事を書いた人

韓国在住10年。ほぼ毎日韓国ドラマ、映画三昧です。特に作品性が高く、メタファーや伏線、隠れネタがあるものが大好物。映画をテーマに卒論執筆、映画・ドラマのエキストラ経験あり。

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パンダ夫人
目次

ノワール映画との共通点・魅力

『ゴッドファーザー』のような撮り方と組織描写

「ウ・ミンホ監督が2016年に私を訪ねてきて、本の内容を映画化したいと言いました。ウ監督は兵役を終えてこの本を読み、手が震えたそうです。マーロン・ブランド主演の『ゴッドファーザー』みたいに作りたいと思った、と。いくつかの作品は失敗したが、『インサイダーズ』で成功し、この映画を作る気になったそうです」

出典:韓国映画「南山の部長たち」 朴正煕大統領暗殺の裏側を描いた原作者インタビュー

監督自身が最初から『ゴッドファーザー』のように作ろうとしていたんですね。納得。

劇中、暗闇の中に顔が浮かび上がったりするショットや、部屋の中に一人ポツンといる佇まいなど、確かに『ゴッドファーザー』っぽい!

特に大統領の背後からの構図や、孤独を感じさせる撮り方、部下が耳元でささやいたりと、だんだんマフィアのボスみたいに見えてきます。

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들

ノワールやギャングものを連想させるのは、彼らの心理状態がある程度、一脈相通じる部分があるからだろう。維新時代の軍人たちは、最終的に暴力を介して権力を勝ち取った集団だから。

出典:남산의 부장들 우민호 감독 – 베일에 싸인 인물의 감정을 파헤치고 싶었다

大統領という権力者の寵愛を受けようと、側近が忠誠をかけて競争する様子はマフィア組織と確かに共通するところがあります。しかも闇での行動などもまさにそうです。

そして大統領も部下たちを人心掌握する術があり、それが印象的なセリフとなって面白味が出ていました。

「お前には俺がいるじゃないか」
「お前がしたいようにしろ」

この一連のセリフを観客は3回聞くことになります。(日本語訳は多少違う可能性あり)

この言葉によって、部下は大統領の思惑どおりに動かされ、結局捨てられるのです。

パンダ夫人

それぞれのセリフで誰がどうなったか見てみてもおもしろいよ

内部組織、彼らだけの対立関係

70年代を再現して時代の空気を感じさせたかったが、限られた予算ですべてを再現するのが難しかったので、窮余の策としてメインスペースを室内に制限した。ところが進行してみると、映画のテーマとぴったり合致した。

青瓦台、中央情報部、宮井洞の安家に舞台を制限したが、実際に彼らは絶対的な権力を振り回しながら、まさに現実の世界を知らない人でもあった。実際、人々の生活と彼らとの距離が彼らの目を盲目にした側面もあった。それにふと気付いた瞬間、背筋が寒くなった。

出典:남산의 부장들 우민호 감독 – 베일에 싸인 인물의 감정을 파헤치고 싶었다

映画の中ではデモの話、国民の話などもありながら、一般市民は遠景や背景的にしか出てこず、登場人物や舞台も限られています。(当初は予算の関係上から)

監督のインタビュー内容のように、実際にも絶対権力を持っている政権と市民とはかけ離れていただろうし、その設定により、彼ら側近たちの対立が際立ち、余計にノワールっぽさが出ています。

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들
パンダ夫人

軍事政権ならなおさら、内部組織の力関係がものを言ったのかも…

人間の内面にフォーカス

事件や、歴史に私のメッセージを入れようとしなかった。重ねて言うが、この映画は人間の内面を暴くことに力を入れた

宮井洞の事件もそうだが、私たちの歴史がどう流されてきたのかを客観的に見せたかった。相反する陳述の中で、観客が評価することを願った。 

出典:[인터뷰]우민호 감독 “남자들의 충성에서 미스터리한 총성으로” (영화 ‘남산의 부장들’)

ウ・ミンホ監督はこれだけの事件を扱っていながら、事件自体は淡々と描いており、政治的なメッセージは入れなかったと言っています。

それよりも登場人物の感情、内面を暴きたかったとも。

結局、彼らが起こした1026(暗殺事件)を見ると、近現代史(歴史)において明確な大義や因果関係ではなく、個人的な問題、人間関係の亀裂がもたらした破裂音と見ることができる。

特別な感情ではなく、忠誠心、裏切り、憧憬、愛、嫉妬、猜忌(さいき)、執着。このようなことが入り混じったものである。どの社会にでもある普遍的な感情である。

出典:인터뷰 우민호 감독 “남자들의 충성에서 미스터리한 총성으로”

映画を見ているうちにフィクションのように思えてしまうのも、人物の内面にフォーカスされているからで、これがもっとストーリーをおもしろくしているんでしょうね。

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들

私も見ているうちに特にイ・ビョンホン演じる中央情報部部長の感情の動き、また大統領の孤独や恐れなどもよく伝わってきました。

こうした人物描写がまたこの映画を味わい深くしているのは間違いありません。

監督は、後にまたクーデターを起こし大統領になる全斗煥(チョン・ドファン)役だけは唯一、内面を探ろうとせず、事実だけを撮ろうとしたとインタビューで話しています。

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들

全斗煥(チョン・ドファン)についてはこちらの韓国情報を参照してください。
>>『KCIA 南山の部長たち』感想:張り詰めた緊張感にシビれる – 大統領暗殺事件

パンダ夫人

久しぶりに『ゴッドファーザー』が見たくなってきたよ

メタファー・伏線、シーン解説

片方の靴を失くすデカルコマニー

映画冒頭でも明記されていますが、原作に書かれた実際の事件を基にしているものの、一部設定は映画的な想像力も加味されています。

特筆すべきは、元々先輩後輩だった8代目部長の金載圭(キム・ジェギュ)をモデルにしたキム部長と、4代目の金炯旭(キム・ヒョンウク)をモデルにしたパク・ヨンガクを、同年代の友人として描いていることです。

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들

前職と現職の中央情報部長、二人が一人の人物であるかのように見せたくてそうした。二人とも一時は権力のナンバーツーまで登り上がったが、最終的に使われて捨てられるしかない運命にある。劇中の二人とも靴の片方を失ってしまうのは、そのような意味で設置したシンボルである。彼らはお互いがお互いの過去であり、現在で未来なわけだ。

いずれにしてもノワールというジャンル的枠組みを借りたぶん、先輩後輩よりは、友人として描くことがより合っていると判断した。

出典:남산의 부장들 우민호 감독 – 베일에 싸인 인물의 감정을 파헤치고 싶었다

元中央情報部の部長だったパク・ヨンガクが経験者として、現在部長のポストにいるキム部長の未来を暗示するセリフがいくつかあります。

「お前も俺みたいに同じようにやられるぞ」
「キュピョン(キム部長)も長くない。あいつもしっかりしないと」
「閣下(大統領)はナンバーツーを生かしておかない」

そして同じポストについた二人は使われて捨てられる同じ運命を辿るのです。

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들

「俺が死んでも、お前に殺されることはないからな」とキム部長を信頼していたにもかかわらず、元部長のパク・ヨンガクは友人である彼によって殺されます。

死ぬ直前、片方の靴が脱げ、血が滲んだ靴下を見るシーンがあります。

ここはこれだけでも、全てを悟り、無常さが伝わってくるシーンでしたが、監督はインタビューで言っているとおり、キム部長にもデカルコマニー(合わせ絵の意)となるシーンを用意しました。

大統領暗殺後、車で南山に向かう途中、自分の片方の靴がないのに気づきます。そして血だらけになった靴下を見つめるのです。

「お前も俺みたいになる」と。同じ軍人出身であり、最後の瞬間には自分の靴もないみすぼらしい姿で終わる二人の人物をデカルコマニーのように見せたかった。激しく生きてきた、その人たちが何のためにそのように終わったのか。

出典:인터뷰 우민호 감독 “남자들의 충성에서 미스터리한 총성으로”

この二人のシーンをよく見てみると、元部長のパク・ヨンガクは左足、キム部長は右足の靴を失くしていて、自分の片割れがいなくなったとも、また二人合わせて一足ともとれます。

どちらにしても二人を一人のように見せたかった監督の意図がここからもわかります。

友人を処理した報告を聞いたキム部長の姿、また暗殺しに行く時に背景に見える歴代の部長たちの写真、暗殺直前に友人のグラスも用意して乾杯してから実行した姿、こうした場面がとても印象的でした。

パンダ夫人

これらのシーン、とてもよかった~

リンカーン

映画の始めの方、アメリカのリンカーン記念館でギリシャ神殿のようなりっぱな建物と彫刻を見ながら

「リンカーンはここでは神だから…でも銃に撃たれて死んだけど」

これも絶対権力を持っていた朴正煕大統領の行く末を暗示していましたね。

暗殺後の行き先で歴史が変わっていたかも

これはこの事件に詳しい人にはよく知られていることだそう。

『南山の部長たち』スチールカット
出典:NAVER영화:남산의 부장들

大統領を暗殺した後、参謀総長と車で中央情報部のある南山に向かいますが、異変に気付いた総長が陸軍本部に行こうといい、2つの行き先どちらにするか迷うシーンがあります。

誰がどう考えても自分たちの牙城、自分の部下たちがいる南山に行った方がいいのは明白なのに、どうして行き先を変えたのかは謎とされています。

その結果、キム部長は軍に逮捕され処されました。

パンダ夫人

なぜそうしたのか考えちゃうよね

最後に:ノワールとしてもおもしろい『KCIA 南山の部長たち』

正直、政治にはあまり関心がないんですが、それをノワールの手法で見せてくれたおかげで私もかなり楽しめました。

事件自体も歴史に残る事件ですが、それを描いた映画として、この映画も残るにふさわしい映画になっていると思います。

そして、久々に『ゴッドファーザー』が見たくなりました。きっと『ゴッドファーザー』が好きな人はこの映画も好きなんじゃないでしょうか。

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