この『無頼漢 渇いた罪』は好きな人とそうじゃない人にはっきり分かれます。
ストーリーにあまり説明がなく、余白が多いので、お世辞にも大衆的ではありません。
でも、好きな人はこのノワールの世界観、暗闇や青白く霞んだ夜明けの色に惚れ込んでしまうでしょう。
それにこの映画を見るまで、キム・ナムギルはそこまで好きな俳優ではありませんでした。
が、いや~『無頼漢 渇いた罪』のキム・ナムギルはすごくいいんですよ!
韓国でも指折りの俳優たちが出演しているにもかかわらず、興行的にはあまり成功しませんでしたが、映画好きが好むような映画で、知る人ぞ知る名品とも言えます。
感覚的に理解するような映画なので、感想や解説もしずらいんですが、韓国での監督や俳優インタビューからの裏話を踏まえ、ネタバレありで紹介しますね。
『無頼漢 渇いた罪』あらすじと作品情報
公開 / 時間 / 年齢制限 | 2015 / 118分 / G |
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原題 | 무뢰한(無頼漢) |
監督 | オ・スンウク |
出演 | チョン・ドヨン、キム・ナムギル、パク・ソンウン、クァク・ドウォン |
あらすじ | 犯人を捕まえるためなら、どんな手段でも使う刑事チョン・ジェゴン(キム・ナムギル)は、人を殺して潜伏しているパク・ジュンギル(パク・ソンウン)を追っているが、唯一の糸口は恋人であるキム・ヘギョン(チョン・ドヨン)。 ジェゴンは正体を隠したままヘギョンが働いている店へ営業常務として入り込む。 が、ヘギョンのそばで過ごしているうちに、ジェゴンの心が揺れ始める… |
『無頼漢 渇いた罪』感想:ネタバレなし
もうこの世界観、映画の色っていうか、雰囲気がともかくかっこいい!
飲み明かして始発待ちの歌舞伎町みたいな、人気のない静まり返った夜明けの青白く霞んだ色っていうんですかね。そんな時間帯の色がよく出ています。
暗闇も、ごちゃごちゃしたネオンやゴミ、安っぽい布団や汚いトイレなども超リアルなんだけど、全体的に調和しているんですよね。
そこへ紅一点の衣装がよく映える。
多々ある韓国ノワールはセリフやアクションがてんこ盛りですが、この『無頼漢』はマイナスの美学というか、余計なものがありません。
この映画は”ハードボイルドメロ”としても紹介されますが、感情を説明しないハードボイルドタッチでありながら、まさに感情そのものであるメロドラマ(恋愛劇)をかけあわせています。
聞いただけだと「?」って感じだけど、映画を見て納得
セリフが少ないからこそ印象に残り、行動や表情を追って感情に集中させられる感じ。
俳優たちの演技もとてもよく、そこへさりげなく入る音楽がすごくいいんですよね。主張しすぎずちょうどいい。
余白が多いからこそ、解釈は見た人の感覚にまかせられるこの『無頼漢』、好き嫌いが分かれるところですが、解釈の余地を残してくれている映画が好きな人はもう一度見たくなります。
特にラストシーンは余韻が残り、そこへタイトルがくるのがまたなんともオツでした。
見どころ解説:ネタバレあり
魅力的なキャラクターと演技力
ノワールの世界は男たちの世界であり、そこへ登場する女性はだいたい飾りのような役割でしかありません。
でも、『無頼漢』に登場するキム・ヘギョン(チョン・ドヨン演)はノワールに登場する典型的な女性とは違い、一番存在感があります。
韓国では知らない人がいないチョン・ドヨンは、カンヌで主演女優賞をとるほどの演技派で、どんな役でもその役になりきって、役を生きていますが、今回もしかり。
本来は撮影スケジュールが合わなくてできないはずだったそうですが、シナリオが忘れられずに、『男と女(2016)』の撮影を延ばしてもらって撮影したんだそう。
その時チョン・ドヨンが監督に出した条件が、ノワールに出てくるありがちな女性として撮らないでほしいということ。
監督もそう考えていて、女性のことはよくわからないからと彼女に全面的にまかせ、それもあってか、衣装は全てチョン・ドヨン自身が自前で準備したそう。
いやー、ほんとに衣装がキム・ヘギョンをよく表していて、いいんですよ!
昔は羽振りがよかったけど、今はもう3流の店で水商売をしている女の表向きの見栄や強さが出ていて。
何よりも演技が演技じゃないみたいです。本当にお酒を飲んでるみたいだし、本当にちょっとときめいて、震えてるみたいなんです。
瞳孔やまつげ、口元などの細胞までもう役を生きているみたいでした。
チョン・ドヨンの演技力についてはもう周知の事実ですが、驚いたのがキム・ナムギルです。
この刑事、犯人を捕まえるためには手段も選ばないやり手なんですが、基本的にダラダラのろのろしてて、かったるそうに動くんです。でもやる時はやって鋭い。
この力の抜けた感じがとてもいい味でてるんですよ!
実はこの刑事チョン・ジェゴン役、最初はまさに韓国ノワールを代表する『新しき世界(2013)』のイ・ジョンジェがキャスティングされていたそうですが、肩の手術で降板。
そこで選ばれたのがキム・ナムギルで、監督が3日かけて彼の作品や写真を見て決めたそうですが、一番印象的だったと監督が言っていたのは意外にも兵役の時の写真。
軍隊ってある意味ノワールっぽい世界なので、そのイメージがうまくあったのかもしれません。
キム・ナムギルじゃなかったら全然イメージが変わってしまうかも
キム・ナムギル演じるジェゴンは先輩の「刑事をしていて一番怖いのは何だか知ってるか?」との問いに、「犯罪者と区分できなくなったら、刑事は終わりだ」と答えていますが、
ヘギョンに会っていくうちに、刑事として潜伏捜査をしているのに彼女に惹かれていってしまい、仕事との区分ができなくなっていきます。
愛は区分できない。
その感情に彼もどうしていいかわからない。
一方、今までたくさん騙され、不幸を味わってきたヘギョンは、そう簡単に愛を信じられないが、最悪の状態でも幸せを夢見ることもあきらめられない。
この2人の揺れる心理描写がこの映画の核心と言っていいでしょう。
本人たちもどうしようかと揺れている感情表現がすごくよかったです。
この映画のタイトル『無頼漢』は、
ぶ‐らい【無頼】の解説
出典:無頼(ぶらい)の意味 – goo国語辞書
- 正業に就かず、無法な行いをすること。また、そのさまや、そのような人。
- 頼みにするところのないこと。
刑事なのかチンピラなのかわからない、まさにジェゴンのことであり、同時にヘギョンのことでもあり、チンピラとつながっている警察の先輩たちもチンピラたちも含め、この映画に登場する人物みんなを指しているとも言えます。
ジェゴンの先輩であるムン刑事(クァク・ドウォン)が何気に言ったセリフ、
「チョン・ジェゴン、お前、今キム・ヘギョンの家の前で何やってんだ?気をつけろ。それで情が移ったら元も子もないぞ」
この警告するようで脅してるような言い方にぞくっとしましたね。
他にも足を車で挟まれたチンピラが会話の状況によって敬語とタメ口を使い分けたりと、どの配役の演技も魅力的でした。
ノワール映画によく出てくる俳優が多いよね
獣のようなアクションシーン
逃げているパク・ジュンギルがヘギョンのアパートへ来て、2人が寝静まってからジェゴンが銃を持って侵入。
暗闇の中で気づいたジュンギルにジェゴンが目と銃と動作だけで指示をする。
この緊迫感のあるシーンがとてもよく、そんな中でも全裸で横たわっているヘギョンにジュンギルが布をかけてあげるところは、彼が彼女を愛してることが伝わってきました。
そして彼女はそっとしておいて、外で決着をつけようとする。
このアクションシーンが獣同士、オスとオスが戦うような生々しい肉がぶつかるアクションなんです。
今思えば、敗退していく恋人と新しく入ってきた恋人の戦いとも言え、象徴的なシーンでもありますね。
この一連のシーンはほぼセリフなしだけど、ひきこまれるよ
- ノワールやハードボイルドの世界観が好きな人
- 不器用ながらも繊細な男女の機微を感じたい人
シーン考察:ネタバレあり
オ・スンウク監督は「解釈は見た人にまかせるので感じてほしい」とインタビューで話していました。
ということで、私が感じた解釈ではありますが、印象に強く残ったシーンを私なりに考察していきます。
一緒に暮らさないか?
ジェゴンがヘギョンのアパート前で朝方帰ってくるのを待っています。もうこの時点でヘギョンへの気持ちが抑えられなくなっていますが、どうしようもできない。
一度は帰るように促したヘギョンも気持ちが向いてきているジェゴンを家に入れます。
それから2人は交差する複雑な感情に揺れながら時を過ごします。
ヘギョンはジェゴンを信じていいのか揺れながらも、ジェゴンにジュンギルの情報を打ち明け(全部じゃないけど)、
ジェゴンは「ヘギョンさんが俺の弱点だ」とほぼ告白して体を重ねておきながらも、先輩にジュンギルを捕まえるための電話をかける。
チャプチェに焼酎を飲みながら、ジェゴンは言います。
「俺と一緒に暮らさないか?」
「本気なの?」
もう本当にここのセリフの表情が2人ともたまりません!!!!!
ジェゴンのあのまなざしは本気でした。
ヘギョンはその言葉に心ときめき、しかもこの状況から抜け出せる機会だと期待しながらも、どこまで男を信じていいものか、でも男を頼って信じたい微妙な感情がよく表れていました。
そんなヘギョンを見て、ジェゴンはそうしたい気持ちが充分にありながらも、我に返りちゃかすのです。
「そんなの信じるのか?」
その後、ジェゴンからお金を受け取る時も、ヘギョンは彼のくれたピアスをつけ、ジェゴンもそれに気づくのです。
でも、ヘギョンは一緒に暮らそうと言った真意を確認しながらもジュンギルの元へ向かい、ジェゴンはそれをひきとめようかと一旦車を止めるものの、そのまま発進します。
包丁を突き刺す場面
麻薬中毒者の世話をしながら底辺の生活を送っているヘギョンをジェゴンが探し出します。
彼は刑事として麻薬中毒者たちから彼女を救い、ここで初めて本当の名前を告げます。
裏切られたと思っている彼女にジェゴンは、
「俺は自分の仕事をしただけで、お前を裏切ったわけじゃない」
本気で愛してたと言う代わりに。
ヘギョンはジェゴンの本名でなく、彼女が一時は信じた男の名前で「イ・ヨンジュン」と呼び、包丁で突き刺すのです。
この時の2人は遠くから見ればまるで抱き合っているように見え、それでいて内では包丁で刺して刺されているんです。
この画がこの映画を象徴していてとてもいいんです!!!(写真がないのが残念)
2人はだまし、傷つけ合っていても愛していたというような。
ジェゴンはそんな彼女をただ受け入れ、近くにいた警察も送り返し、彼女をかばいます。そして反対の方向へ歩いていく。
それを見てヘギョンは気づくのです。
彼は彼女を愛していたんだと。
この映画に登場する人物たちは「愛してる」と愛情表現を口にすることはありません。
代わりに体を使って語っているんです。
ラストシーンの言葉
ヘギョンに包丁で刺されたまま、よろよろと歩くジェゴン。
この後、彼が死ぬのか生き延びるのかはわかりません。
痛みを和らげるためにタバコを吸いつつ、ジェゴンが最後に言った言葉、
새해에는 복 많이 받아라, 씨발 년아(来年はいい年にしろよ、クソ女め)
ここにはいろんな意味が込められています。
日本語でどう翻訳されているかわかりませんが、まずは韓国語で「明けましておめでとう(새해 복 많이 받으세요)」が、新年福をたくさんうけてくださいという表現でもあります。
元々いい運を持っていたヘギョンが、男のせいで運が悪くなり、特に今年は運勢がとても悪いということに対して、「来年はいい年にしろよ」という思い、
最後は「あばずれ女」のような汚い悪口で、俺を刺しやがってという苦笑いする気持ちもありつつ、そんな彼女を全部含めて「愛してる」という言葉の代わりの彼なりの愛情表現でしょう。
薄笑いをしつつ生死をさまようジェゴンの姿で終わりますが、このシーンも本当によかったです。
この映画は始まりも終わりも、ジェゴンが坂を下りていきます。腕利きだった刑事ジェゴンが、愛を区分できずに転落していく話だとも言えるかもしれません。
韓国での評価
観客数 41万人
評価は10点満点で、7.89点
好評 |
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不評 |
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すごくハマる人と、全く理解できない人とわかれるね…
最後に:ハマる人はハマる『無頼漢 渇いた罪』
『無頼漢』いかがでしたか?
たぶん、この映画が好きな人はポスターを見るだけでもピンとくるかもしれません。
好きな人がきっと嗅ぎ分けられる映画なので、そんな方々へ届いたらうれしいです。
続けて2回も見ちゃったよ~