個人的に『コンクリート・ユートピア』がおもしろかったのは、下記3点を同時に描いていること。
- 極限状態の人間描写
- アパートに狂った韓国を風刺
- 聖書的な装置
①は極限の状態とはいえ、人を殺し争う人々が最後のセリフのように「普通の人たち」だったいう「悪の凡庸さ」も描かれ、住民代表のヨンタクに従順なミンソンが公務員だという設定も興味深かったです。
②については、ネタバレなし記事の見どころで解説していますので、ご参照ください。
>>『コンクリート・ユートピア』感想と見どころ:知ってると2倍楽しめる風刺&聖書的装置
この記事では、特に③聖書的な装置について考察していきますが、ストーリーとは直接関係がないので、知らなくても全然問題ありません。
でも、もしわかったら「わー、ホントだ!」と別のおもしろさがあるので、興味のある方はぜひチェックしてくださいね!
監督はパク・チャヌク監督の演出部の出身だよ
- ネタバレ記事なので、まだ見ていない方はお控えください。
- 韓国語で鑑賞しているため、字幕と翻訳が違う可能性もあります。
モーセの『出エジプト記』がモチーフ
えっつ!?モーセ?
はい、あの海を二つに割って渡った人です!『モーセの十戒』でも有名ですよね。
いったいどこにモーセが!?
それが、この人。
彼は902号のキム・ヨンタク(김영탁)の名前で住民代表となりましたが、本名はモ・セボム(모세범)でした。
日本語ではモーセとのばしますが、この長音はどうやら日本独特のようで、韓国語ではモセ(모세)
モ・セボム = モセ(モーセ)+ボム(法 / 範 / 犯)
韓国語で “ボム” は法律の「法」、人々の規範になる「範」、殺人犯の「犯」の意味にもなります。
詐欺師に殺人を犯したものの、その後は住民の代表として住民を守り、ルールを作り、食料を調達、彼らの救世主として導いた人物でもあります。
えっ、でも聖人とはちょっと違うんじゃ…
ヨンタクとモーセの共通点
映画の中に十字架や聖書の言葉などがところどころ出てきますが、具体的にヨンタクとモーセの共通点がいくつかあります。
杖をつく
モーセの杖は神から授かった力のある杖ですが、ヨンタクは902号にあった杖をついて防犯隊員を先導しています。
救世主になる前に殺人を犯す
成長したモーセは、あるとき同胞であるヘブライ人がエジプト人に虐待されているのを見て、ヘブライ人を助けようとしたが、はからずもエジプト人を殺害してしまう。
モーセ – Wikipedia
ヨンタクは902号で、自分をだました詐欺師を殺害しています。
律法を制定
まさに、あの『モーセの十戒』ですが、ファングンアパートでも住民のルールを作りましたね。
火の柱を見る
21 主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。
出エジプト記 第 13 章
22 昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。
ミョンファやファングンアパートの住民が、爆発で空に伸びる煙の柱を見たり、夜、ヨンタクとミンソンが火柱を前に話をしたりしています(後ろには住民も)。
水のない川を歩く
21 モーセが杖を海に差し伸べると、主は海の真ん中に道を作りました。両側には水の壁がそそり立ち、強い東風が一晩中吹きつけて、海の底に乾いた地が現れたのです。 22 イスラエル人は、その乾いた道を進みました。
出エジプト記 第14章
ヨンタクは防犯隊員と外に出た時に、水がなくなって乾いた漢江を歩きました。
また、モーセの後に従ったヘブライ人が不平をもらしたように、ヨンタクに従った防犯隊員たちもいろいろと不平を言っていますね。
飲み水が噴き出る
するとモーセとアロンの祈りに神が応えます。「杖を取り、共同体を集め、岩に向かって水を出せと命じれば、岩は水を出す。会衆とその家畜に飲ませよ」。モーセは神の命に従って岩を打ち、そこから水が噴き出したのです。勢いよく流れ出す水は人々に降り注ぎました。
岩から水を出すモーセ
ファングンアパートでは、アパートの横に突然飲み水が噴き出し、ヨンタクをはじめとする住民が集まって飲み水を確保しました。
また、水が出る前にヘブライの民がモーセに食料がないと不満を言って、詰め寄る様子は、まさにアパートの住民が不満を言い、ヨンタクに婦人会会長が食料をどうするんだと詰め寄る様子と酷似しています。
門に赤い印をつける
神はエジプト中の初子(ういご)を殺したが,小羊の血を入口に塗ったヘブライ人の家だけは過ぎ越した
過越の祭
神がエジプトに与えた10番目の災い(エジプト中の初子を殺す)を避けるために、モーセはヘブライ人の家の門に小羊の血を塗るように伝えました。
一方、ヨンタクたちは部外者をかくまっている家の門に赤いペンキで印をつけました。
けっこう共通点あるね
偽物のモーセの行く末
旧約聖書のモーセの杖は神が与えてくれた力の象徴。
ヨンタクはその杖を失くしてから、正体がバレて権力を失います。
そもそも杖も自分のものでなく、902号室にあった杖であり、ヨンタク自身も偽物なのです。
ファングンアパートが選ばれた場所であり(約束の地)、自分たちが選ばれた民であるという錯覚、部外者をゴキブリ扱いし、自分たちのために人を殺してしまう行為、とても聖人とは言えません。
しかも外部では、ファングンアパートが天国のようでいて、人を誘い込んで食べる悪魔たちだと思われていたことから、偽物の牧師に煽動された集団だったといえるでしょう。(まるでカルト宗教のような)
『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』
マタイの福音書 22:39、マルコの福音書 12:31
ファングンアパートの住民は、壁にあった聖句を無視して部外者を追い出します。
聖書では自分たちを守るために門に赤い印をつけましたが、ヨンタクたちは逆に部外者をかくまった家の門に印をつけ、追い出しました。
聖書では、それによって災いを避けることができましたが、ファングンアパートの住民は偽物の牧師の間違った教えに従った結果、災難を避けることができずに、息子を失ったり、殺されたり、アパートから追い出されることになります。
映画の最初の方で、この状況で「牧師も殺人犯も同じだ」というセリフがありますが、まさにヨンタクのことであり、カメラもヨンタクにフォーカスしています。
ただ一つ追記したいのは、ヨンタク、つまりモ・セボムが根っからの悪人ではないこと。
902号室で詐欺師を殺害はしたものの、おばあちゃんの世話をし、妻や娘を思う普通の人だったということです。
最後、モーセが約束の地に入れなかったように、ヨンタクもファングンアパートにいられなくなったのは共通してるね
白と黒の碁石
部外者を入れるか追い出すか、ヨンタクが詐欺師を殺害する時にも使われたこの碁石、何か意味があるのか気になりますよね?
韓国でも聖書から引用したり、いろんな考察がされていましたが、一番しっくりきたのが囲碁ゲームそのものからきている内容。
囲碁は「白と黒の石で陣地を囲いあって、陣地の大きい方が勝ち」になるゲームですが、韓国語で説明すると、
縦横19列、361個の交差点に石で囲まれた空白の空間を作ることを目指す。この空きスペースを囲碁用語で「家」という。囲碁の勝利条件はただ一つ、相手より多くの家を作ることである。
바둑
日本語の「陣地」が韓国語では「家」、韓国では囲碁をする時、「家を作る、家を建てる、相手の家を壊す」などと表現します。
ヨンタクが902号で詐欺師と争っていたのも、部外者を入れる入れないで投票したのも、まさに囲碁と同じように家を奪い合う行為。
いってみれば、この映画の戦いは実践の囲碁とも言えるのかもしれません。
うわー!考えてみると怖い…
と思ったら…、
監督自身が意図を話していたGV(舞台挨拶&トーク)の映像を見つけたので要約すると、
Q. 碁石の黒と白の意味は?
オム・テファ監督: 黒と白だけですべてを決めるアパートを通して、黒と白だけで世界ができているのではなく、もっと多様な色を持った世界、多様な選択があるのではないかというのを見せたかった。
そして「部外者を追い出そう」が「白」であり、イ・ビョンホン俳優(偽ヨンタク)が本物のヨンタクを殺す時に使う碁石も白の石だった。「白」が善であるように見えても、いつもそうではないという点も見せたかった。
なるほど!
最後に:他にも見てほしい災害映画
『コンクリート・ユートピア』の考察、いかがでしたか?
災害・パニック映画で考察までする作品はあまりないんですが、ポン・ジュノ監督の『グエムル-漢江の怪物-』は、アメリカ風刺が根底にあり、現在の韓国社会を批判も含めギュッと凝縮、そこへブラックコメディも混ぜ込んで、家族愛まで見せてくれるので見どころ満載です!!
他にも、いろんな韓国の災害・パニック映画があるので、ランキングもチェックしてみてくださいね!
いろんなパニックがあるよ!