韓国でコロナ以降、単独で1,000万人突破した初の映画が『ソウルの春』。
最終的には観客1,312万人、歴代6位まで昇りつめ、人口5,175万人の韓国では劇場で4人に1人は見たことになります。
特筆すべきは観客の57.9%が20~30代で、『ソウルの春』を見てどれだけ怒りイライラしたか、スマートウォッチの心拍数をSNSにアップする「心拍数チャレンジ」がブームになるほど。
韓国でこれほど旋風を巻き起こした『ソウルの春』ですが、どうしてこんなに熱いのか理由を知って見たら、日本人でもイライラすることまちがいなし!
この記事では、感想とともにその熱い理由を解説していきますが、現代史で知られていること以上のネタバレはありません。
また、現代史を知っている韓国でもこれだけブームになったので、現代史がネタバレになるというよりは、むしろ現代史を知って見ているからこそ、これだけ映画が刺さったと言えます。
ぜひ、背景を知ってから鑑賞して、心臓バクバクになってください!
『ソウルの春』はチェコスロバキアの「プラハの春」に由来した、民主化の動きが高まった時期、一連の民主化運動のことで、この映画では「ソウルの春がなぜ来なかったのか、どのように終わったのか」が描かれています
『ソウルの春』あらすじと作品情報
公開 / 時間 / 年齢制限 | 2023 / 141分 / G |
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原題 | 서울의 봄(ソウルの春) |
監督 | キム・ソンス(『アシュラ』『FLU 運命の36時間』) |
出演 | ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、パク・ヘジュン、キム・ソンギュン、チョン・マンシク、チョン・ヘイン、イ・ジュニョク |
あらすじ | 1979年12月12日、首都ソウル軍事クーデターが発生した日の一触即発の9時間を描く。 独裁政権だった朴正煕大統領が暗殺された10月26日以降、ソウルに新しい風が吹いたのも束の間、12月12日、保安司令官チョン・ドゥグァン(ファン・ジョンミン)が反乱を起こし、軍内の私組織を総動員して最前線の前線部隊までソウルに呼び込む。 権力に目がくらんだチョン・ドゥグァンの反乱軍と、それに立ち向かう首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)の鎮圧軍の間で、命を懸けた激しい戦いが繰り広げられる― |
- 第60回 百想芸術大賞(映画大賞 キム・ソンス監督、映画男優最優秀演技賞 ファン・ジョンミン、映画作品賞)
『ソウルの春』感想:ネタバレなし
突然始まった銃撃に鳥肌立ったのも束の間、そこからはノンストップで緊張感が上がり続け、たたみかけるように怒鳴り声と銃声が行き来するまさに”戦場”。
後半はハラハラしながら息をのんで画面に没頭。
もうファン・ジョンミンの演技、吸引力すごすぎ!
他にも、顔の知れた実力派俳優たちがホイホイ出てきて、まるでオールスター並みの熱量で誰一人引けを取らず。
韓国では有名な歴史的事件ではあるものの、周知の事実に加え、多少映画的フィクションも混ざっているためか、登場人物は微妙に違う名前になってます。(でも韓国人なら誰かわかる)
日本人としてはなじみがないので、とっつきにくいかもしれません。
しかも登場人物めちゃくちゃ多いし、肩書もよくわからんし。
が、詳細わからなくても、ざっくり「クーデターを起こした反乱軍 vs 阻止しようとする鎮圧軍」の構図だけわかっていれば楽しめます。
いや、韓国では楽しむんじゃなくて、怒りこみ上げてイライラ、どれだけ心拍数上がったか見せ合う「心拍数チャレンジ」が若者たちの間で流行ったほどで。
なぜこんなに韓国でこの映画が熱いかというと、
このクーデターで、絶好の民主化のチャンスを失い、後に多くの惨事を引き起こす人物が権力を握ってしまったからです。(詳細は見どころ解説で)
全斗煥といえばこの頭がトレードマーク
とても印象的だったのはラストシーン。
映画では実名ではないものの、まさに「この人物が犯人です」ぐらいの勢いで、クーデターの主要人物を指名手配的に見せるんです。
日本人的には、そんなに遠くない昔にこんなことがあったというのも怖いような、不思議な感じなのに、まだ実在する人物がいる現代史でも攻めの映画をバンバン作っちゃう、しかもエンタメにしちゃう韓国ってすごい…と改めて思うのでした。
韓国の国民強し。
命運をかけた緊迫感に身震いしちゃうよ
見どころ解説
なぜこんなに韓国でこの映画が熱いのか
『ソウルの春』で描かれている 1979.12.12. はまさに韓国の運命が変わったターニングポイント。
- 全斗煥(チョン・ドゥファン)が実権を握り、1987年まで軍事政権が続く
- 民主化・反政府デモに対して軍隊が武力弾圧(市民虐殺も含む)
- 学生運動家などを逮捕、拷問など
このクーデターでせっかくの民主化のチャンスを逃しただけでなく、全斗煥が実権を握ったことで、市民が血を流すことになるのです。
韓国で全斗煥は虐殺者のイメージが強いよ
『ソウルの春』で描かれているのは「STAGE1の後~STAGE3」まで。
権力1~3位が空席に
有力政治家を逮捕、または軟禁
反発した光州の民主化デモに陸軍部隊が出動し、市民が多数虐殺される
第11代、第12代大統領として1988年まで在任。軍事独裁政権が続く
大学生や社会活動家たちが逮捕、拷問、自白の強要があった事件
民主化を求めて全国的に展開された大規模な市民抗争。全国各地で毎日平均100回以上のデモが同時多発的に行われ、参加した連帯者は400~500万人と推定
翌年のソウルオリンピックの成功を条件に、大統領直接選挙制を導入
キム・ソンス監督曰く、このクーデター当時、監督は高校3年生で、ちょうど事件が起きたソウルの漢南洞に住んでいたそう。当日、家で行事があり、騒がしい家を出て近所を歩いていたら、参謀総長公館のほうから銃声が聞こえてきてそちらに行ったものの、兵士たちがコントロールして近づくことができなかったとのこと。一晩中銃声が聞こえてきて怖かったが、一体何が起こっているのかわからず、好奇心と疑問がいっぱいだったと明かしています。
監督だけじゃなく、その後の事件も肌身で感じた国民も多いはず
韓国人のイラつきポイント
「心拍数チャレンジ」が流行るほど、『ソウルの春』を見て怒りやイライラを感じた韓国人が大多数。
前述したように大きな要因は、後に大惨事を引き起こす全斗煥が実権を握ってしまうことなんですが、そこに至る過程にもイライラポイントが多々あるんです。
詳細を書くとネタバレになってしまうので、ざっくり知っておくといいポイントを挙げます。
まず大前提として、
- 軍隊は上官の命令が絶対である
- その頂点に立つのは国防長官である
突然のクーデターに、特にチョン・ウソン演じる首都警備司令官をはじめ、憲兵隊司令官、特戦司令官など必死に対応する一方、
その上官たちが無能すぎて、何度もあったクーデター阻止の機会を失ってしまったんです。
上官絶対の軍隊において、全斗煥が結成した私組織「ハナフェ」が力を持ち、規律を無視。
全斗煥の勝手な行動にイラつくのに加え、「上官たちがしっかりしていたらクーデター阻止できてたのに!!」というヘッポコぶりにイライラが上昇することまちがいなし。
背景がわかっていれば、同じようにイライラするはず!
予習におすすめの関連映画
『ソウルの春』を見る前に、予習しておくと現代史の流れがわかる作品を紹介します。
全斗煥が台頭して軍事政権を握っていた期間、いろんな事件があり傑作映画も多数。
予告編を見るだけでも、この時代がどんな時代かわかります。
『KCIA 南山の部長たち』
『ソウルの春』
有力政治家を逮捕、または軟禁
反発した光州の民主化デモに陸軍部隊が出動し、市民が多数虐殺される
『タクシー運転手 約束は海を越えて』
第11代、第12代大統領として1988年まで在任。軍事独裁政権が続く
大学生や社会活動家たちが逮捕、拷問、自白の強要があった事件
『弁護人』
民主化を求めて全国的に展開された大規模な市民抗争。全国各地で毎日平均100回以上のデモが同時多発的に行われ、参加した連帯者は400~500万人と推定
『1987、ある闘いの真実』
翌年のソウルオリンピックの成功を条件に、大統領直接選挙制を導入
一般市民が国家と闘い続けるなんて、予告編だけ見ても息が詰まっちゃう…
韓国での評価
観客数:1,312万人
評価(10点満点):観客 9.49点(2,977人) ネチズン 9.53点(50,262人)
文句なしの大ヒット作、高評価。
好評 |
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不評 |
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ほとんどの評価が10点で、不評コメントを探すのに苦労したよ…
最後に:『ソウルの春』と『アシュラ』
キム・ソンス監督の前作は『アシュラ』で、『ソウルの春』で共演しているファン・ジョンミンとチョン・ウソンが同じように敵対するキャラクターを演じています。
『アシュラ』はバリバリのノワール映画ですが、ダークでバイオレンスな描写は独裁政権の闇ともいえる現代史とも共通するところがありますよね。
マフィア組織に軍組織、暴力で権力を奪い取るのは同じだからでしょうかー。
どちらにせよ、韓国ノワール、現代史ともに傑作映画が多々あるので、ぜひご堪能あれ。
現代史だけどノワールとしてもおもしろいよ!