韓国で観客1,191万人、オカルトジャンルでは歴代1位となった大ヒット作『破墓/パミョ』。
その内容を、韓国メディアや監督インタビューをもとに解説していきます。
- ネタバレ記事なので、まだ見ていない方はお控えください。
- 韓国語で鑑賞しているため、字幕と翻訳が違う可能性もあります。
鉄杭の都市伝説と虎の腰
鉄杭
韓国現代史において切っても切れないのが、日本が植民地支配した日帝時代。(1910~1945年)
映画後半のカギとなる「鉄杭」とは、日帝時代に日本が朝鮮半島の地脈や民族の精気を絶つために風水上の要所に打ち込んだと言われている鉄杭のことですが、実はこれは都市伝説で、今では測量用のものだったというのが定説。
よって映画では「99%は偽物」というセリフもあり、「じゃあ1%は?」というところから映画的な想像力でストーリーができています。
私も初めて知ったんですが、韓国ではチャン・ジェヒョン監督を含め40代以上の人にはけっこう知られている話なんだそう。
「地脈?民族の精気って何?」とちょっと日本人にはなじみがないですが、日本以上に風水の土壌がある韓国では、この都市伝説以前にも特定の地域の気を風水的に断ち切って、大人物が出ないようにしたとか、勢いを抑えたという伝説がけっこう存在するんだとか。
身体の気の流れを鍼を打って変えるのと同じような概念かも。ちなみに韓国で韓方の韓医院はすごく多くて、普通の病院と同じようによく行くよ
キツネが虎の腰を切った
キツネは「キツネ陰陽師」と言われた村山順次(漢字は不明)のこと。
※韓国での僧侶名”기순애”の発音がキスネなのでキツネととらえられる
韓国では映画にもあったように、キツネと墓地は相反すると言われているのに加え(キツネは巣穴を掘るのが好きなので、墓穴を掘って遺骨を取り出すという考えから)、お墓の周りにキツネがいたのもキツネ陰陽師の影響と言えるでしょう。
今、韓国には野生のキツネはほぼいないんだって
そして韓国でちょくちょく目にするのが、虎の形になっている朝鮮半島の地図。
もともと韓国の建国神話に虎が登場するだけでなく、昔は多くの虎がいたこともあり、朝鮮半島が虎の形をしているという考えも民族的なアイデンティティとなっています。
その虎の腰にあたる場所が、この映画の舞台であるお墓の位置であり、鉄杭を打ち込むことで山脈に沿って流れてきている気を断ったということになります。
(朝鮮半島の南北に続く長い山脈、白頭大幹が虎の背骨になる)
監督によると、風水地理士たちに「もし陰陽師だったとして、国の力を弱めるために鉄杭を打つならどこにするか?」聞いたところ、みんな同じ場所を示したんだそう。(ホントに!?)
映画で何度も出てきた緯度経度の数字は、実際にはその場所から外れた場所なんだとか。(理由は数字の並び、語感がしっくりこなかったらしい)
ストーリーでは普通の鉄杭ではなく、鬼、関ヶ原の戦いで豊臣側の西軍で大功を立てて戦死した武将(おそらく朝鮮出兵にも参戦)の胴体に刀を刺し込み鉄杭とされていました…(むごすぎる…)
あとで気づいたのが、このポスター。
あ、朝鮮半島になってる!
登場人物は独立運動家の名前
虎の腰に打ち込まれた鉄杭がとんでもないものだったわけですが、それと対峙した主人公たちの名前は日帝時代の独立運動家からきています。
この4人以外にも、
ここに挙げた独立運動家は韓国でもあまり知られていないようで、監督が映画の準備中に独立記念館に立ち寄ったことがあり、名も知られていない独立運動家があまりに多く、号泣したんだそう。
それで彼らの名前をよみがえらせたい思いから使ったとのこと。
こうした側面から反日ととらえることもできますが、
映画『破墓/パミョ』は墓を掘ってその地の過去、痛みも掘り出し、娘の結婚式を控えたサンドクが言うように「子孫が生きていく地」を守り、癒したかったのかもしれません。
車のナンバー、事務所・寺の名前
- サンドクの車のナンバー「49パ0815」→8月15日の光復節
- ファリムの車のナンバー「19ム0301」→1919年3月1日の三・一運動
- ヨングンが運転した霊柩車のナンバー「京義40バ1945」→光復年である1945年
- サンドクとヨングンの事務所「義烈葬儀社」→義烈団
そして墓の近くにあったお寺の名前は「보국사」で、보국は韓国語的に国を守る、どんな漢字に翻訳されるかわかりませんが、「保国」「護国」といった意味があります。
監督はこうした車のナンバーなどをこっそり入れておいたものなのに、すぐに考察されてしまったことに驚いたそう。
100ウォンのコイン
サンドクが墓を掘った場所にコインを投げ入れるシーンがあります。
そのコイン、100ウォンに描かれているのが豊臣秀吉の朝鮮出兵で戦い、韓国の英雄となった李舜臣(イ・スンシン)将軍。
これも隠された演出なのか!?と思いきや、実は監督によると、当初10ウォンを使う予定だったのが(日本の10円のように)土と似たような色で目立たないので100ウォンにしたとのこと。
ちなみに『バトル・オーシャン 海上決戦(2014)』でチェ・ミンシクが李舜臣を演じてるよ
依頼した家系の名前
前述した独立運動家の名前とは反対に、アメリカに住む依頼人パク・ジヨン、父親のパク・ジョンソンは日帝時代の代表的な親日派「乙巳五賊」の名前を組み合わせたり、似せたものと思われます。
パク・ジヨンの母親の名前は日帝時代の女性親日派ペ・ジョンジャと同じ。
韓国での親日派の意味
ところで「親日派」ってどんな意味でしょう?
というのも、私も韓国に来てようやく韓国での親日派の意味がわかったからです。
「日本に好意的なのがどうして悪いのよ!」と思っていたら、韓国では全く意味が違うんです。
簡単に言えば「日帝時代に日本側につき、国や仲間を裏切った売国奴」といった意味で、それで恩恵を受けたり、財産を蓄えた家系も多いようで非国民的なレッテルとなっています。
※一般的な日本や日本文化が好きという意味ではほとんど使われません
それで映画では親日派ということを知られないように、棺を開けないという条件をつけていたんですね。
日本の妖怪
実はチャン・ジェヒョン監督は大学時代に日本妖怪研究会に入っていたほどの妖怪好き。
しかもあだ名は河童だったとか笑(けっこう似てる)
どうやら京極夏彦や漫画『陰陽師』も好きなようで、そんな一面がわかると後半の展開に納得がいきます。
墓を掘り起こしたシーンで、蛇がでてきて、一瞬「ん?顔?」と思いましたよね。
それが「濡れ女」
CGをあまり使いたくない監督は、濡れ女を実際に作ったんだそう。
そして出てきた大きな武将は「鬼」、まさに「鬼火」にもなっていましたね。
鬼の声はなんと声優の小山力也さん!(クレジットに出てる)
陰陽五行説
こんな陰陽五行説の図を見たことがある人も多いかもしれません。
赤い矢印は共助しあう関係である「相生」、反対にグレーの矢印は対峙して抑制する関係の「相剋」になります。
風水師のサンドクはこの関係を使って鬼に打ち勝ちました。
実は「金である鬼をサンドクが木で倒せるのか?」という五行の理論について韓国でも意見がわかれていますが、これ以外にも相剋関係の反対方向に作用する「相侮」という関係もあるとのこと。
例えば、大きな火に少量の水をかけても何の役にも立たないように「本来弱いはずの方の勢いが強すぎて本来強いはずの方をむしろ抑制してしまう」という意味。
映画での「燃える鉄」と「血に濡れた木」を当てはめると、火によって弱くなった金が、水に濡れて強くになった木によって攻撃されたと見ることができます。
まあ、細かいことはともかく、こうした陰陽五行の理論を使って勝ったんだなととらえておけばいいでしょう。
最後に:韓国での反応とヒットした理由
韓国で大ヒットした『破墓/パミョ』ですが、没入度が増していく前半部分は高評価なのに対し、実は後半部分で好き嫌いがはっきり分かれています。
今現在、レビューで共感が多いコメントを挙げると、
- サムライ兄さんが登場するまでは面白かった(23,283)
- 死んでも終わらない魂の日韓戦(11,361)
- 序盤はかなり高い没入度、後半に行くほどあきれる展開(11,281)
- 俳優たちの演技がめちゃ上手い!! 特にキム・ゴウンの演技… 先輩俳優が褒めた理由が分かる気がする(7,977)
出典:영화 파묘 관람평
韓国でもこれは反日じゃないか?という議論もあったんですが、私が思うにほとんどの人は見に行くまで詳細は知らず、見たら仰天の展開だったんじゃないかと。(ネタバレになるような宣伝はしてないので)
ホラーが苦手な私も、この映画は最初に知った時から「見たい!」と心待ちにしてましたが、私が思うこの映画がヒットした大きな理由は、「コンセプトの良さ」と「魅力あるキャスティング」。
「墓を掘ったら、ヤバイのが出てきた」
このシンプルでわかりやすいコンセプト。怖そうだけど好奇心をそそられる。
しかもキャストが重鎮チェ・ミンシク、ユ・ヘジンのベテランに加え、若手実力派のキム・ゴウンにイ・ドヒョン!
このメンツなら違う内容でも見たいです。
実際に、韓国でMZ世代と言われる「20-30代の若者」を代表する俳優が、コンバースを履いて儀式をしたり、ヘッドホンや入れ墨をした巫堂を演じたのは新鮮で、幅広い世代や嗜好の観客を動員したと思われます。
また、公開が韓国中を熱狂させた映画『ソウルの春』(コロナ以降、単独1,000万人突破した初の映画。観客1,312万人、劇場で韓国人の4人に1人は見たことになる)の後だったというのもいい影響を受けているんじゃないでしょうか。
『ソウルの春』でコロナ前のように劇場に行くようになってからの『破墓/パミョ』。
これは見るでしょう。
また、あまり怖すぎず、難しすぎないのも大衆的なのかと。
その他、監督のインタビューを聞いてみて、いろんなエピソードもおもしろかったです。
- 小さい頃に実際に墓を掘る場面を見たのが原点だった
- おばあちゃんの入れ歯を持っていた孫というのは監督自身の話(親戚の巫堂に言い当てられたのも)
- 風水師、巫堂、葬儀師に約2年くっついて15回改葬も立ち会った
- 実際に若い巫堂も多く、華やか(高級車に乗ってるのに、トランクを開けると鶏の血が)
- キム・ゴウンの演技がうますぎてリハーサルで霊を本当に呼び寄せてしまったらしく、スタッフの容体が悪くなった(本物の巫堂が祓ってくれたそう)
- 一番最初のキャスティングしたのはキム・ミンシク(怖がる姿を撮りたかったそう)
- ユ・ヘジンの演技の50%はアドリブ
でも、個人的には『哭声/コクソン』の方が好みです笑。