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韓国映画『オールドボーイ』解説:実はギリシャ神話を組み込んだ普遍的な装置だった!!

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

『オールド・ボーイ(2003)』はカンヌ映画祭でグランプリを受賞して、世界に韓国映画を知らしめた傑作。

私も公開当時ウワサを聞いて見たんですが、あまりの衝撃にショックを受け「もう2度と見ない」なんて思ったんですが笑、20年たった今、これはただ刺激的なだけの映画じゃないってことにようやく気付きました…

容赦ない韓国映画に免疫ができたのと、パク・チャヌク監督の他の作品の考察をしているうちに、この『オールド・ボーイ』にはギリシャ神話のモチーフが使われていることがわかり、俄然がぜん考察熱が上昇!

さっそく監督インタビューをはじめ、韓国メディアを参考に、私の考察も含めて『オールド・ボーイ』を解説していきます。

ネタバレ前提なので、鑑賞してからお読みください

この記事を書いた人

韓国在住10年。ほぼ毎日韓国ドラマ、映画三昧です。特に作品性が高く、メタファーや伏線、隠れネタがあるものが大好物。映画をテーマに卒論執筆、映画・ドラマのエキストラ経験あり。

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目次

原作漫画との大きな違い「監禁された理由」

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

映画『オールド・ボーイ』の原作は日本の漫画『ルーズ戦記 オールドボーイ』(作:土屋ガロン 画:嶺岸信明)ということは知られていますが、理由もわからずに監禁されたという設定はそのままでも、じゃあ「なぜ監禁されたのか?」という理由が全く違います。

パク・チャヌク監督は、2時間で完結する映画として観客が納得する「監禁された理由」を悩みに悩み、トイレで用を足すほんのわずかな時間でふと思いついたんだそう。

行き詰まっていた「なぜ監禁されたのか?」ではなく、「なぜ解放されたのか?」から15年もの歳月が必要だった理由を思い巡らして。(※原作では10年)

そしてこの「解放された理由」というのが核であって、映画の大きなテーマになるのです。

この『オールド・ボーイ』は、『復讐者に憐みを』『親切なクムジャさん』とともにパク・チャヌク監督の“復讐三部作”と呼ばれていますが、復讐といっても近親相姦を近親相姦でかえすという壮絶なもの…

でもパク・チャヌク監督のすごいところは、一見ただ刺激的で衝撃を与えるのが狙いのように見えますが、実はもっと深い人間の感情を描いているところにあるのです。(次章につづく)

パンダ夫人

映画化はポン・ジュノ監督に勧められたからなんだって

主人公オ・デスはオイディプス

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

パク・チャヌク監督が「監禁された理由」そして「解放された理由」を思いついたとして、それでプロデューサーや俳優が納得するとは限りません。

特に2015年まで姦通罪があったような道徳に厳しい韓国では。

でも監督は「じゃあハムレットは?オイディプスは?」「お互い関係を知らないまましたことで、オ・デスは復讐の被害者だ」「もしこれが問題になるなら、この映画から降りる」と話したそう。

確かに有名なシェイクスピアの『ハムレット』やギリシャ神話の『オイディプス』にも近親相姦が出てきますが、戯曲も上演されていますよね。

そしてまさに何も知らないで近親相姦を犯してしまうオ・デスは『オイディプス王』と同じなのです。(しかも妻殺しの濡れ衣も着せられている)

オイディプス(Oidipūs)

ギリシャ神話で、テーベ王ライオスとイオカステの子。アンティゴネの父。宿命により、知らずして父王を殺し、生母を妻としたが、事の真相を知って自ら両目をえぐり取り、諸国を放浪して死んだ。

コトバンク:オイディプス

もう勘のいい方は気づいていると思いますが、オ・デスという名前も『オイディプス』からきています。(劇中でわざわざ名前の由来に言及するのも一種のヒントのよう)

全てを知って目をえぐったオイディプスのように、オ・デスは災いの元となった舌を自ら切り落とします。

オ・デスを演じたチェ・ミンシク俳優の演技がすごいのもあって、強烈なインパクトを受けますが、こうした設定も極限の状況にある人物の感情を描くための装置で、だからこそ人間の欲望や弱さ、恐怖、痛み、罪悪感が強く心に残るのです。

古代ギリシア三大悲劇詩人ソポクレスが書いた戯曲『オイディプス王』にはこんなセリフがあります。

「ああ! 知っているということは、なんという恐ろしいことであろうか」

出典:名著「オイディプス王」

まさにオ・デスも知ってしまったからさらに大きな苦しみを味わっているわけで、時代が変わっても人間の感情は変わりません。

パンダ夫人

戯曲『オイディプス王』は紀元前427年ごろの作品だよ

スフィンクスの翼

絵画『オイディプスとスフィンクス』
出典:ギュスターヴ・モロー『オイディプスとスフィンクス』1864年 メトロポリタン美術館所蔵

オ・デスが「オイディプス王」なら、彼を監禁して謎をかけたイ・ウジンは「スフィンクス」と言えるでしょう。

スフィンクス(Sphinx)

ギリシャ神話で、胸から上は女、下はライオンで、翼をもった怪物。テーベの近くに現れ、通行人に「朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足で歩く生き物は何か」という謎をかけ、答えられない者を殺していたが、オイディプスが「それは人間だ」と解いたとき、谷に身を投げて死んだという。

コトバンク:スフィンクス

オイディプスに謎を解かれると自殺したスフィンクスのように、オ・デスに謎を出し、謎が解けたらピストルで自殺してしまったイ・ウジン。

たとえここまで『オイディプス』に当てはめなくとも、注目しざるを得ないのはスフィンクスのその翼。

見覚えありますよね?

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

映画ではオ・デスが幼い娘にあげる誕生日プレゼントとして出てきますが、デスが拉致された後に残されていたり、劇中でちょくちょく登場していました。

私も当初は「天使の羽なのかな?」とあまり気にもとめなかったんですが、「スフィンクスの翼」だったとは!

これはスフィンクスが出していた謎かけ、つまりイ・ウジンが出した「なぜ監禁され、なぜ解放されたのか?」を暗示していたようにとれます。

これをわかって見ると、映画冒頭からウジンの計画どおりだったこと、劇中もずっとウジンの最後の謎「お前たちも知りながら愛せるか?」が浮かんできてグッと胸に刺さります…

パンダ夫人

ウジンがいなくても、彼の謎の中にいるのを感じるよね

エンディングと監禁部屋の肖像画

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

ラストシーン、催眠術師に記憶を消すように頼んだオ・デスは、どうなったんでしょうか。

ミドが「愛してる、おじさん」と言うのを聞いた彼の表情は、笑っているようにも、泣いているようにもとれます。

もし記憶を忘れたとして、幸せになれるでしょうか?

もし記憶が残っていて、全てを知りつつ愛することができるでしょうか?

どちらにしても、もう昔のオ・デスには戻れず、ウジンが死んだ後も彼の復讐の中にいるのです。

パク・チャヌク監督はこのシーンの演技について、監禁部屋にあった肖像画のように泣いているのか笑っているのかわからない、見る人によっていろんな見方ができる表情を望んだとのこと。

それを聞いたたチェ・ミンシク俳優は、「じゃあ、監督がやってみろ」と思ったんだとか笑

ジェイムズ・アンソール『悲しみの人』
出典:ジェイムズ・アンソール『悲しみの人』1891年 アントワープ王立美術館所蔵

監禁部屋にあった肖像画は、ベルギーの画家であるジェームズ・アンソールの『The Man of Sorrows』(悲しみの人)が元になっていて、人類の救いに成功したが、その代わりに自分の命を犠牲にしなければならなかったイエスの笑いと涙を表現した作品。

オ・デスの表情も、笑っているのか泣いているのかわかりませんが、どちらかと考えるより、「どちらも」かもしれません。

監禁部屋の絵には、こんな言葉が書かれていました。

 웃어라. 온 세상이 너와 함께 웃을 것이다. 울어라. 너 혼자 울 것이다.

Laugh and the world laughs with you, Weep, and you weep alone.

(貴方が笑えば、世界は貴方と共に笑う。貴方が泣くとき、貴方は一人で泣く。)

これはアメリカの女流詩人エラ・ウィーラー・ウィルコックスの『Solitude』(孤独)から引用されたものです。

パンダ夫人

思えばデスもミドも孤独がゆえにアリの幻覚を見てたね

犬と自殺しようとする男

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

映画冒頭、自殺しようとする男のネクタイをオ・デスがつかんで「俺の話がしたい」と言うシーンがあります。

この男を演じたオ・グァンロク俳優は、監督に「なぜ犬と一緒に死ななければいけないのか」聞いたところ、監督は「この犬と特別な関係だったと思ってください(つまり獣姦)」と。

周囲にバレて恥ずかしくてこれ以上生きていけなかったんですね。

この内容はストーリーとして公にはされていませんが、俳優が演じるにあたって感情を掴む動機付けとして監督が指示したもの。

この男のセリフ「獣にも劣る人間だが、生きる権利はあるんじゃないか?」はオ・デスにも引きつがれています。

そして、このシーンの構図もダムでウジンが姉の手をつかんでいるシーンと重なります。

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

最終的に姉を離してしまったウジンの手は、なんとなく拳銃を握る形になり、カチッという音と共にウジンが頭に銃を発射して自殺します。

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

過去のフラッシュバックと現在を視覚的にマッチングさせた名シーンであり、オ・デスが災いの元になった舌を切り落としたように、ウジンは姉の手を離してしまったその手で自分を処すのです。

ウジンの姉スアが読んでいた本

回想シーンで、ウジンの姉スアが学校のベンチに座って読んでいたのは、アメリカの詩人シルヴィア・プラスの詩集。

彼女は優れた才能がありつつも、うつ病を患い何回も自殺を試みており、イギリスの詩人と情熱的な愛を交わし結婚しましたが、彼の不倫で別れた後、30歳の若さで自殺した人物。

彼女の詩集は、スアとウジンの純粋な愛と情熱、そして死を予感させます。

パンダ夫人

少年の頃のウジンは『賢い医師生活』のユ・ヨンソクだよ

反復パターンの壁紙

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

『オールド・ボーイ』に限らず、パク・チャヌク監督作品は独創的な美術・演出表現で有名ですが、特に壁紙はわかりやすくおもしろいです!

ただ単に奇抜な柄を選んでいるんじゃなくて、そこにはちゃんとコンセプトがあるんですよね。

(決して韓国のインテリアがこういうわけではない笑)

『オールド・ボーイ』の場合は、監禁部屋もミドの部屋やウジンが監視していた部屋も、どこも反復されたパターンの壁紙。

これはウジンの手中で予想通りのパターンに従うことになる様子を暗に示したものだそう。

言ってみればウジンの設計図のようなイメージ。

実は壁紙だけでなく、傘やハンカチ、プレゼントの箱も反復パターン柄。

出典:영화 올드보이 포토

「スフィンクスの翼」と同じように、このパターン柄もわかって見ると、画面にウジンの存在をすごく感じるようになります。

パンダ夫人

実はミドの衣装もパターン柄が多いよ

壁紙がおもしろいパク・チャヌク監督作品
  • 渇き』の壁紙やシーツ:カビ、ばい菌、病原菌がコンセプト
  • 別れる決心』の壁紙:山にも海にも見える模様

どの作品もなぜそうしたのか理由があります。詳細はリンク先の解説をどうぞ!

餃子と生タコの意図

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

原作漫画でも餃子で店を探すのは同じですが、監禁中はどちらかというとラーメンやチャーハンがメイン。

実はオ・デスを演じたチェ・ミンシク俳優は「毎日食べるものだし、餃子よりジャジャン麺の方がいいんじゃないか(実は彼の好物)」と監督に提案したんですが、監督は餃子の方が断然いいと説得したんだそう。

というのもパク・チャヌク監督は、餃子を具を皮で包んだ閉鎖的で閉ざされた世界と見たのです。

まさに監禁されたオ・デスと共通したものであり、これはデスが解放された時のビジュアルともマッチングされています。(スーツケースからオ・デスが出てくる俯瞰ショット →餃子の皮から具が飛び出る感じ)

アメリカのリメイク作品ではこのイメージがポスターになっていますね。

『OldBoy』poster
出典:IMDb

生タコもただ単に目を引くためだけに登場したのではなく、15年間も餃子だけを食べてきた男が初めて外に出て「生きているものが食べたい」という鮮度を最大表現するのに最適なこと、さらに直前にイ・ウジンから電話を受けた怒りを生タコにぶけています。

まだ相手もわからず、直接怒りをぶつけられないオ・デスは、その生タコをまるでイ・ウジンかのように食ったのです。

「頭のてっぺんからつま先まで、お前の死体はこの地球上のどこにも見つからない。俺が食いつくしてやるから」と言ったように。

パンダ夫人

絵的にインパクトありつつ、ちゃんと筋が通ってるのがすごい

『オールドボーイ』制作秘話

廊下のワンテイクアクション

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

廊下で金づちをもって19人のチンピラを相手に戦うオ・デスのアクションシーンは、2分39秒をワンテイクで撮影した名シーン

もともとは100ショット以上をつなげて構成されるはずだったそうですが、ワンテイクで撮ったことで世界中からオマージュされていますよね。

チェ・ミンシク俳優によると、息も合って、武術監督もOKを出しているのに、パク・チャヌク監督が全然OKを出さなかったんだそう。

結果、17回目のテイクでOKを出した監督。

理由は、オ・デスの孤独と疲労を表現するため、本当に疲れ切って腕に力が入らないほど、息も絶え絶えになるのを待っていたんだとか。

チェ・ミンシクさんはこの撮影で5kg痩せたそうで、監督は「説明したけど、17回だというのを伝えてないだけ」「20代の若者でもキツイことをやらせて申し訳ない」と話してます笑

ノワールアクションといえばホ·ミョンヘン監督

チンピラ一味の中で一番殴られている上半身裸の太った男は、多くの有名作品でアクションシーンを担当してきたホ·ミョンヘン監督。

武術監督として『新しき世界』『悪いやつら』『悪魔を見た』『甘い人生』『アシュラ』『新感染 ファイナル・エクスプレス』『毒戦 BELIEVER』『犯罪都市1,2,3』などを担当し、『バッドランド・ハンターズ』『犯罪都市4』で監督としてメガホンを取っています。

キャスティング

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

イ・ウジン役のユ・ジテは当時28才。オ・デス役のチェ・ミンシク(当時42才)とは実際には14才差ありました。

2才差の同窓生とは思えないんですが、これはウジンが復讐のために身も心も過去にとどまっているのを表現したかったそう。

でも実際のところは、もともとイ・ウジン役の第一候補がハン・ソッキュ(『シュリ』『八月のクリスマス』)だったそうで、実は多くの俳優、それも10人以上に断られ難航し、最後にシナリオを受け取ったのがユ・ジテだったそう。

でも、そんな年の差を感じさせないほどユ・ジテさんのキャスティングはぴったりで、演技もよかったですよね。

実はチェ・ミンシクさんはイ・ウジン役をしたかったそうで、監督にオ・デスの方を押されたんだとか笑

『オールド・ボーイ』スチールカット
出典:영화 올드보이 포토

ミドはオーディションで300人の中から選ばれました。

当時22才だったカン・ヘジョンさんは、近くの日本料理屋から刺身包丁を借りてきてオーディションを受け、監督たちを驚かせたんだそう。(実際にその店に確認に行ったら本当だった)

パンダ夫人

ミドの演技もよかったよね

監督の心残りは

パク・チャヌク監督はミドだけが『オールド・ボーイ』の核心である秘密から疎外されてしまったことが引っかかっていたそうで、次の“復讐三部作”『親切なクムジャさん』では女性が主人公となっています。

サウンドトラック

サウンドトラックもオリジナルスコアであるにもかかわらず、認知度が高いですよね。

その中でも特に知られているのが、

ミドのテーマである”The Last Walts”

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