BTSのメンバーRMが8回も見て、脚本集を読むまでハマったように、この『別れる決心』は知れば知るほど緻密な対比やメタファーがあっておもしろいんです!
しかも、結末など考察する余白があるため、ハマる人にはハマる映画。
4回見た私も、韓国でのパク・チャヌク監督、脚本家のインタビューや、映画評論家の解説などで知るほどにおもしろさ倍増したので、まとめて考察しました!
まだ映画を見ていない方は、ネタバレなしをどうぞ
>>『別れる決心』感想:露出のないエロス、愛してると言わずに愛を表現する大人の映画
霧
パク・チャヌク監督がロンドンで撮影中、韓国恋しさに聞いていたのが、1967年の名曲、チョン・フニの『霧』。
実は、この曲からこの映画が始まりました。
『霧』は別れても忘れられない愛の歌。
監督はYouTubeでソン・チャンシク(有名な男性歌手)も歌っていることを知り、オリジナルの曲を映画全体に流して、ラストで男性バージョンを流したらどれだけいいだろうと思ったそう。
↓「青龍映画賞」でのチョン・フニ『霧』公演
(号泣するタン・ウェイをパク・ヘイルが慰めている姿も)
タン・ウェイは役の感情がこみ上げてきたんだろうなあ
この『霧』が映画の雰囲気を掴むだけでなく、視覚的な装置としても効果的に使われています。
後半の舞台となるイポ(仮想の都市)は午前中は「霧」が立ち込める場所でもあり、刑事と容疑者である2人だけが知っている愛を包み隠してくれるのが「霧」。
そして同時に相手が何を考えているのかわからない、そうした五里霧中の心理描写にもなっています。
映画のエンディングでは、監督の希望どおりチョン・フニとソン・チャンシクがデュエットした新バージョンの『霧』も聞くことができます。
『霧』の曲とは別に、監督が「パク・ヘイルのような刑事の話を撮ってみたい」、脚本家と「いつかタン・ウェイをキャスティングしたい」という話をしていたことがつながり、この映画が始まったんだそう。
捜査=デート
この映画のおもしろいところは、捜査する過程がデートのように相手を知る過程になっていること。
取調室では高級なお寿司を食べ、(ここでもう2人はできてしまったかのような阿吽の呼吸になってるし、食後に一緒に歯まで磨くし)
お互いの共通点を発見し、お互いの結婚指輪をチラ見する。
まるで取り調べが恋の駆け引き。
さらに張り込みは容疑者を監視する捜査ではありますが、「また夕食にアイスクリームを食べてる」とか、「食後のタバコはよくないな」とか、彼女の生活を観察していくヘジュン。
まるで捜査は堂々とのぞく口実のようで。
捜査されるソレも、普通なら嫌なはずなのに、ひとりぼっちで過ごしている自分を見守ってもらっているかのような気分で、朝、車で寝ているヘジュンに”Good morning”と手を振る。
こうしてお互いを観察してきたからこそ、ヘジュンはロクなご飯を食べていないソレに「食事」を作ってあげ、ソレは眠れないヘジュンに「睡眠」誘導して、お互いに欠けているものを補っていくのです。
うまくできてるなあ
山と海
当初、韓国や海外でメインに使われていたポスターはこちらでした。
この映画は山から始まり、海で終わります。
山と海は視覚的な対比だけでなく、要素としても象徴的に使われています。
映画の構成を分けると、
1部 | 2部 |
---|---|
プサン | イポ |
山 | 海 |
1番目の夫 | 2番目の夫 |
監督曰く、当初は1部、2部の始まりにそれぞれ「山 산」「海 해」と見出しをつけていたのを、編集段階でやめたとのこと。
(1部の方が長いので、2部になってまたあんなに長いのかと思われたくなかったそう)
それぞれソレの夫の殺人事件が起こりますが、殺人現場が山と海というだけでなく、それぞれの夫も山と海を象徴している人物像でもありました。(詳細は後述)
知者楽水 仁者楽山
取り調べをしていく段階で、ソレとヘジュンは山より海が好きという共通点を見つけます。
その時に使われたのが論語からの引用、「知者楽水 仁者楽山」
子曰わく、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し。
知恵あるものは、固定観念にとどまることなく、流れるように物事に対処して、自由な活動で人生を楽しむ。
仁の備わったものは、首尾一貫した考えを持ち、山のように動じることがなく、ゆったりと心穏やかに長生きする。
出典:知者は水を楽しみ 仁者は山を楽しむ
どちらがいいというわけではなく、映画ではそれぞれの人物像を表すのに活用されています。
わかりやすいのがソレの夫たちで、1番目の夫は山が好きで、実際に登山ばかりしていただけでなく、堅実な公務員であり、静かにレコードを聞くのが趣味だったし、
2番目の夫は反対に、見た目から言っても俗的でどこにいるのかもわからないような生活をしていました。
ソレとヘジュンは同じ「海」なので、iPhoneも車(ソナタ)も同じ種類にし、反対に「山」である夫のスマホはアンドロイドだったりと小物でも区別をしたと監督は話しています。
また、脚本家の例えによると、ソレは海の人間なのに、1番目の夫によって山に住むのを強要される、それはどれだけ苦痛だろうか。
苦手な高いところに登り、指の力も強くなければいけない…(夫を殺す時の苦労は、まさにそんな苦しみでしたよね)
そして自分が死ぬために海に来たと。
ある意味、野性的なソレが、動物たちが死に際に身を隠すように、本能的に「海」を最後の場所に選んだんですね。
あの方法は、監督が昔書いた脚本(映像化されず)をふと思い出して応用したんだって!
この映画は山から始まり、海で終わります。
その後のソレの詳しい描写はありませんが、代わりに自分自身の身を隠すために掘った砂の「山」が波にさらわれて「海」にのまれていく描写からも、監督が「山」と「海」を象徴的に使っているのがわかります。
ヘジュンという名前も、海を表す「해(へ)」とパク・ヘイルの「へ」から付けたとのこと(監督談)
山海経
『山海経』とは実際に存在する古代中国の書で、多数の著者たちによって中国各地の伝説や神話が記された最古の地理書。(どこへ行けばどんな山があり、どんな不思議な獣がいるかなどが羅列されている)
映画ではそのタイトル、中国から来たというところで、ソレの祖父が趣味で筆写し、付け加えたりもした遺産として設定されています。
ソレは韓国語を覚えるためにそれを筆写するだけでなく、月曜日のおばあちゃんに読んで聞かせている本でもありました。
目を引く地図のような絵は山から海になっていくようであり、ソレが筆写していたノートのカバーはソレの家の壁紙と同じパターン、山にも海にも見える模様になっています。
絵に書かれているハングルは、実際にタン・ウェイが書いたんだって!
監督はインタビューで、この『山海経』にまつわる話を、時間の関係上、削らざるを得なかったのが残念だと話していました。
どうやら『山海経』の話がソレの内面を知るヒントにもなっていたようで…。
韓国では、オリジナルの脚本も出版されていますが、この『山海経』が表紙になっています。
『山海経』の逸話だけでなく、2番目の夫とどうやって出会ったかなど、映画では編集されている部分もわかるので、さらに深い考察ができる楽しさがあります。
もし日本語版が出版されたら、興味ある方はぜひ!
この脚本集は出版と同時に教保文庫ベストセラー総合1位になったよ
青緑色のドレス
タン・ウェイ演じるソレの衣装で印象的だったのが、青緑色のドレス。
ソレが着ていたドレスが青なのか緑なのか、見る人によって、状況によって見え方が変わるドレスでした。
ヘジュンと妻の会話でも、写真の証言でも、そのドレスの色が青なのか緑なのかはっきりしない。
これはまさにソレの両面であって、「ほんとうに恐ろしい殺人犯なのか」、「ヘジュンが愛している相手なのか」、ヘジュンが捜査しながらも彼女の2面に翻弄されていますよね。
衣装の他にも青緑色はまるでソレの色のように、睡眠誘導する時の光、壁紙、灰皿、薬やバケツなど、いろいろなところでも見られます。
監督曰く、この青にも緑にも見える色は、山と海の色でもあるとのこと。(壁紙の柄もそうですね)
一方、赤系の衣装は暴力や犯罪を想起するシーンで使われています。
真っ赤なドレスを着ていた時には、詐欺被害にあった老女の息子に暴力をふるわれ、フォークで反逆したり、1番目の夫を殺す時も、赤いジャンパーを着ていました。
青緑色のドレスは、青色と緑色のを1着ずつ使って撮影したんだって
秩谷洞事件
ソレの夫の事件がメインであるにもかかわらず、何の関係もなさそうな秩谷洞事件がからんでくるのはなぜでしょう?
しかも、ここに人気俳優であるパク・ジョンミン(Netflixドラマ『地獄が呼んでいる』)がでてくるなんて!
ここで犯人とされるホン・サンホという男は、死ぬよりも監獄に行くのが嫌な人間であるにもかかわらず、愛する女(既婚者)のために監獄へ行き、殺人までしたあげく、最後は自ら命を絶ち、自分なりの方法で愛を証明した人物。
ソレはヘジュンにホン・サンホのことを聞き、まるで犯人の気持ちがわかるかのように、「それだけ愛してたのね」と理解を示すような会話がありましたよね。
ホン・サンホの行動は、ソレがヘジュンを愛するがゆえに起こす行動と同じなのです。
つまり、ヘジュンが3年も追っていた秩谷洞事件は、ソレとヘジュンの間に起きることを暗示していた事件なのです。
劇中ドラマ
韓国で一人過ごすソレにとって、韓国ドラマを見ることが趣味であり、何回も見ることによってセリフを覚える韓国語の練習にもなっていました。
2つのドラマが登場しますが、特に1部にでてきた史劇では、ほんの短い時間にもかかわらず、ここでも主役級の俳優が演じていてビックリ!
これもまた、秩谷洞事件のように重要だということでしょう。
映画の中の史劇『白い花』で巫女を演じていたのは、Netflixドラマ『Sweet Home -俺と世界の絶望-』で主演していたコ・ミンシ。
その相手役の男性は、マクチャンドラマ『二番目の夫』の主演で人気を得たチャ・ソウォン。
この映画の妙味というか、うまいところが、これらの劇中ドラマと同じような状況・心理状態になったソレが、ドラマと同じセリフを口にするところです。
「私がそんなに悪いんですか?」
「私が命をかけなかったら、どうやってあなたに会うことができますか?」
つまり、この劇中ドラマも2人の未来を暗示していたといえるでしょう。
2部の原発ドラマは、パク・チャヌク監督の『お嬢さん』に出演していた俳優たちだよ
クソ山とホミ山
「山」と「海」だけでなく、実は1部と2部に出てくる山も対比されていました。
1部 | 2部 |
---|---|
プサン | イポ |
山 | 海 |
1番目の夫 | 2番目の夫 |
クソ山 | ホミ山 |
1部で出てくる山はソレの夫が死亡したクソ山。
2部ではソレが母親の遺言にあった山に行きましたよね。
ヘジュンもソレを追ってホミ山に行き、ソレの祖父、母親の遺骨をまいてあげました。
脚本家によると、このホミ山はヘジュンを象徴する山であり、ソレにとって、母の遺言にあった自分の山であるのに、事実上は所有することはできないのです。
1番目の夫、キ・ドスが法律上の自分の夫であるにもかかわらず、心が通っていなかったのと反対に。
言わずもがなクソ山は1番目の夫を象徴し、ソレはクソ山で1番目の夫を突き落としました。
それを知っているヘジュンは、ホミ山で後ろからソレが近づいてきた時、目を閉じて覚悟を決めた表情になりますが、ソレはホミ山ではヘジュンをバックハグしたのでした。
ホミ山でソレとヘジュンは本心を伝えるよね
未解決事件
「未解決」という言葉も、この映画では重要なキーワードとなっています。
なぜソレは、ヘジュンがいるイポへ来たのでしょう?
ヘジュンの立場から言えば、「イポへまた夫を殺しに来たのか?」、それとも「俺に会いに来たのか?」、ソレの本心を探ろうとしますが、
ソレは1部での事件が一旦解決したにもかかわらず、決定的な証拠であるスマホを持ってきて、解決した事件を未解決にしようとしたのです。
なぜか?
それはヘジュンが未解決事件の証拠写真を壁に貼って、眺めていることを知っているからです。
ソレの立場で言えば、もうヘジュンに会えないなら、ヘジュンの心をつかむ唯一の方法は未解決事件になることなのです。
ホミ山でソレはヘジュンにこう言いました。
「これから私の写真を貼って、眠れないまま、ずっと私のことだけを考えるようになるわ」
この先も話が関連してるよ
2つのスマホ
事件の真相を知る、決定的な証拠となっているのがスマートフォン。
1部と2部、それぞれ別のスマホが証拠となっていました。
1部 | 2部 |
---|---|
月曜日のおばあちゃんのスマホ | 2番目の夫のスマホ |
ソレが犯行をした証拠 | ヘジュンが証拠隠滅した証拠 |
1部では、ソレが夫を殺した証拠となるスマホを、ヘジュンが海に捨てるように言いました。
2部では、ヘジュンの証拠隠滅を示唆するスマホを、ソレが海に捨てました。
つまり、この2つのスマホは、2人がお互いを守ろうとした愛の証拠でもあるのです。
本来なら「誰にもわからないように、海深くへ捨てる」はずだったスマホの代わりに、ソレは自らを海に沈めたのです。
おそらくソレが見つかることはないでしょう。
そしてヘジュンは、ずっとソレを探しさまようことになるでしょう。
永遠に。
こうしてソレは事件だけでなく、2人の愛までも未解決にしたのです。
ソレが見つからないことで、2人の愛をある意味「進行形」のまま、永遠に封印してしまったのです。
ソレが話した言葉のとおりに。
「あなたの永遠なる未解決事件になりたかった」
ソレの近くにいながらも探し回るヘジュンがせつない…
ソレの韓国語の魅力
ヘジュンはソレに惹かれていきますが、それは単にソレが美しかったからだけではありません。
お互いに共通点があるだけでなく、ソレの話す韓国語に独特な魅力があるのです。
なかなか字幕では伝わりにくいところですが、普通の韓国人が日常であまり使わないような単語や表現を使うんです。
それも、史劇ドラマや山海経、辞書を引きながら韓国語を勉強したからでしょう。
韓国でソレの”마침내”(ついに/とうとう)を使うのが流行ったよ
監督は、中国人らしく唐の詩のような昔の形式の言葉を使ったらいいなと思ったそうで、会話であっても、どこか文語のよう。
そしてイントネーションや文法まできちんとした丁寧な韓国語でありながら、発音はやっぱり外国人。
それがどこか知的な品を感じながらも、かわいらしさがあるような。
そんな表現するんだーっていうようなおもしろさもあって。
そんな言葉のコードが、ヘジュンの使う言葉と合っているんですよね。
「悲しみが波のように押し寄せる人がいるかと思えば、水にインクが広がるようにゆっくり染まっていく人もいる…」のように、警察が捜査するのに使う言葉とはまるで違う、詩的な言葉を使うヘジュン。
ヘジュンが、「私がそんなにだましやすいんですか?」と聞けば、
ソレが、「私がそんなに悪いんですか?」と答える。
しかもそれがドラマで覚えた言葉だったりして。
そうした2人のやりとりや、「崩壊」という単語のように、この映画のセリフで使われている言葉一つ一つが熟考して選ばれた言葉であり、だからこそ安くはない脚本集がベストセラーになったのでしょう。
2番目の夫のメールは誤字が多いのに、ソレの文章はきちんとした韓国語になってるよ
タン・ウェイ本人は、映画『レイトオータム(2010)』で出会った韓国のキム・テヨン監督と結婚していますが、ほとんど韓国語ができないんだそう。(監督が英語が堪能なよう)
それでも自分が直接感じるために文法の勉強から始め、心から韓国語が出てくるまで20~30テイクずつ演技するほどだったとのこと。(そんな時もパク・ヘイルが何回も演技してくれたんだそう)
でも、今回の映画はセリフが上級の韓国語だったので、初級の韓国語はできないと話していました。
翻訳アプリの声
ソレの中国語を翻訳するアプリの声に、男性と女性の声がありましたよね。
中国語のセリフは、監督と話してタン・ウェイが語感や単語を調整したとのことですが、
わざわざ翻訳アプリを使って聞くまで待つ時間を設けたのも、何を言っているのかわからないもどかしさを感じてもらうためであり、(しかもソレが母国語で話す時は自信あふれる態度で、立場が逆転するよう)
そのアプリの声が主に男性の声だったのも、ソレとの距離を出すためだったとのこと。
逆にアプリの声が一度だけ女性の声だった時があります。
それはホミ山でソレが愛の告白ともいえる言葉を伝えた時でした。
監督は、女性の声をソレの愛の感情を伝えるためにとっておいたそう。
補足と制作秘話
死体の目と目薬
個人的に演出がとてもおもしろく、シュールレアリスム的な死体の目、アリ、そしてその死体の目からの視線が印象的でした。
監督によると、その演出もただおもしろいからではなく、ヘジュンというキャラクターゆえにそうなったのです。
仕事が終わった後でも、部屋の壁に貼りつけた未解決事件の写真を眺めたり、断崖絶壁でさえも自分で確認するために登るような生真面目で仕事一筋なヘジュン。
彼はソレが「言葉」ではなく、「写真」を選んだ時に喜んだように、どんなひどい事件の現場でも凝視できる人なのです。(ソレも同じ)
ヘジュンの妻に「あなたは殺人もあって、暴力もあれば幸せでしょう」と皮肉を言われるほどに。
ヘジュンは、被害者の目が最後に見た犯人を捕まえるというのをモットーに仕事に没入しますが、そうしたところから死体の目からのショットができ、それが拡大して死んだ魚の目からのショットにも及んだとのこと。
これおもしろかった!
ヘジュンは何か事件が発生するたびに目薬をさしますが、それも現場を凝視するため、ひいては犯人、真実をしっかり見るためでしょう。
一方で、ヘジュンは血の多い現場を怖がってもいた。(においのせいで)
自分が”見開いた死体の目”にならないように、自分を守り不安を解消する行為でもあったのかもしれません。
本作では遊び心がある演出が多々ありますが、中でも制作者たちだけがわかる”かくし絵”があります。
終盤、ヘジュンがソレを追って、車が2台海岸沿いの道路に並んでいる様子を俯瞰で撮ったシーンがありますが、その時の白波がソレの横顔になっています。
(私は何回見てもよくわからなかったんですが、ようやく4~5回目に理解しました…ちょっと難易度高いです)
スニーカーとひも
ヘジュンは市民のために働く警察官としてネクタイをしめ、犯人をいつでも追いかけられるようにスニーカーを履いていました。(礼儀として黒いスニーカー)
イポへ移動してからは、心も空っぽで事件もなく、走ることもなくなったので靴になりましたが、殺人事件が起きてからまた一転、スニーカーを履くようになります。
ヘジュンがほどけた「ひも」を結ぶ場面は、なにか心を決め、気合をいれるような時に出てきますが、終盤ではソレを探すために「ひも」を結び、警察としてのネクタイをほどき、彼女を探しつづけます。
ソレが2部で靴やバックが華やかになってるのは、1番目の夫の元ではできなかった反動なんだって
まだある対比
警察パートナー
1部と2部で、ヘジュンの警察パートナーも対比されていました。
1部 | 2部 |
---|---|
プサン | イポ |
男性:オ・スワン(コ・ギョンピョ演) | 女性:ヨ・ヨンス(キム・シニョン演) |
ノワール色が強い1部では、いかにも強行犯捜査らしい体格・性格で、容疑者であるソレにずっと疑いをもっていたスワンがパートナーでした。
スワンを演じたコ・ギョンピョは言うまでもなく、多くの役を演じてきた人気俳優です。
一方で、ろくな事件もないイポでのパートナーは、刑事のイメージからほど遠いヨンス。
ソレに対する態度も、まるで1部でのヘジュンとスワンの立場が逆になったように、2部でヘジュンは疑いを強め、ヨンスが執着しすぎだと話してましたよね。
実はこのヨンスを演じたキム・シニョンは、韓国で誰でも知っているお笑い芸人なのです。
彼女のコントを見て、演技の才能をかぎ取った監督自らキャスティングしたのですが、このキャスティングにポン・ジュノ監督も喜んだそう。
職業的な外見のイメージを壊すのにも、コ・ギョンピョと比較するのにも最適なキャスティングですね。
取調室での食事
1部と2部での取調室での2人のやりとりはまるで違います。
気づけば吸い付くように近づいていた1部と違い、距離感が違う2部。
これは特にヘジュンの気持ちの違いといってもいいでしょう。
それがわかりやすく表れていたのが食事。
1部 | 2部 |
---|---|
プサン | イポ |
高級寿司 | ホットドッグ |
ちょっとホットドッグはひどいなあ…
妻とソレ
ヘジュンは1部のプサンでソレに会い、取調室で調べるほどに彼女に心が近づいていきました。
時にソレの匂いをかぎ、結婚指輪を確認する視線だったり、特に露出がなくても何か官能的で、2人の化学反応が感じとれたはずです。
一方で、ヘジュンの妻とはこの映画で唯一のベッドシーンがあったのですが、義務的で、全く感情や官能さもなく乾いた感じでした…。
ヒッチコックとビスコンティ
本作を見て、もしかしたら『めまい(1958)』などヒッチコック監督作品を想起する人もいるかもしれません。
でもパク・チャヌク監督は直接参考にしてはいないとのこと。
あるとしたら監督がヒッチコックの『めまい』を見て映画監督になることを決心したことであり、それだけヒッチコック作品が監督に染みこんでいると言えるでしょう。
また、ルキノ・ヴィスコンティの『ベニスに死す(1971)』で使われていることが有名なマーラーの交響曲5番4楽章のアダージェットが『別れる決心』でも使われています。
監督曰く、ビスコンティも師匠と言える監督で、この曲ももちろん『ベニスに死す』で使われていることはわかっていたものの、使う条件に合う曲をいくら探しても他に見つからなかったため使用したとのこと。
「アダージェット」は、マーラーの交響曲第5番の第4楽章にあたる曲なのです。「死の嘆き」や「生の勝利」といった重いテーマを感じさせる交響曲第5番の中で、第4楽章「アダージェット」が描くのは「愛の世界」。この「アダージェット」は、マーラーが出会うなり恋に落ち、結婚した“運命の女性”アルマへのラブレターとも言われています。
出典:ららら♪クラシック
ちょうど内心を吐露する場面で使われてるね
参考にした映画を挙げるとすれば、パク・チャヌク監督が脚本家に見るように伝えたというデヴィッド・リーン監督の『逢びき(1945)』。
『逢びき』はお互い家庭がある男女が、偶然の出会いから強く惹かれあうものの、別れる決心をするストーリー。
別れると決めても、思いを断ち切ることはできない感情が本作に引き継がれています。
「別れられない思い」の結末は、パク・チャヌク監督らしいよね
監督が仕掛けたミスリード
監督は、観客の予想どおりにいかないのがおもしろく、またそうした期待を裏切るためのミスリードをあえて仕掛けていると言います。
映画の冒頭をいかにもサスペンスらしく銃声で始めたのも、ヘジュンがソレの夫のマネをするのも(夫と同じような運命になるんじゃないか)、ヘジュンが仰向けに目を見開いて寝ているのも(同じ死体になるんじゃないか)、そうした意図からとのこと。
監督曰く、ファム・ファタール(男を破滅させる魔性の女)のように思っていたソレのことを、最後にはきっと「彼女にすまなかった」と思うだろうと話していました。
実は映画の中で多くの人が死んでるけど、最後は恋愛映画っていう印象だよね
最後に:『別れる決心』タイトルの妙味
タイトルになっている『別れる決心』という言葉は一度だけセリフに出てきます。
なぜあんな男と結婚したんだと聞くヘジュンに、ソレが「別れる決心をするために」と話していましたよね。
結果、ソレは「別れる決心」をして他の男と結婚したけど、できなかった。
それで自分を海に沈めたのです。
別れる決心をしたからといって、別れられるわけではありません。
この映画のタイトルである『別れる決心』は、裏返せば「あなたとは別れることができない」ということになります。
思えばすごいラブストーリーだった…