カンヌ映画祭で、ソン・ガンホが韓国初の男優賞、作品もエキュメニカル審査員賞を受賞して大きなニュースになりましたね。
でも、韓国で映画公開されてから、実はあまり評判がよくなくて心配してたんです…。
では、『ベイビー・ブローカー』を見た感想、見どころ解説を、韓国の反応・評価をふまえてネタバレなしでお伝えします!
韓国でも是枝監督はよく知られているよ
『ベイビー・ブローカー』あらすじと作品情報
公開 / 時間 / 年齢制限 | 2022年 / 129分 / G |
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原題 | 브로커(ブローカー) |
監督 | 是枝裕和 |
出演 | ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン |
あらすじ |
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撮影:ホン・ギョンピョ(『パラサイト 半地下の家族』『母なる証明』『哭声/コクソン』『バーニング 劇場版』など)
音楽:チョン・ジェイル(『パラサイト 半地下の家族』『イカゲーム』など)
『ベイビー・ブローカー』感想:ネタバレなし
韓国での評判があまり良くなかったので、心配していたんですが、言われるほど悪いわけではなく、それだけ豪華キャストに、カンヌ受賞に、期待値が高すぎたよう。
なにせ韓国でソン・ガンホといえば、『パラサイト 半地下の家族(2019)』『タクシー運転手 約束は海を越えて(2017)』をはじめ、数多くのヒット作に受賞歴、カンヌだけで7回も行っているんですから、その国民的俳優がついに世界で認められた作品とあれば、今まで以上の期待をしてしまうのも無理はないです。
犯罪に関わりながら、何かすごい出来事が目の前で起こるわけでもなく(すごい犯罪ではあるんだけど)、静かに進んでいくので、刺激的でおもしろいものを求めている人にとってはつまらなく感じてしまうのかも。
でも、「このシーン、演技も自然ですごくいいなあ!」っていう場面もあったし、途中、じわじわ何度か泣けました。
同じ列のおばちゃんもすすり泣いていたし、前席のご夫婦も泣いていました。
一番涙腺崩壊したのは、ストレートすぎるほどの監督の強いメッセージ。
監督が何かを伝える時は、恥ずかしいので暗くしたり、周囲の音を大きくしたりするようなことをどこかで読んだんですが、このシーンもまさにそう。
電気を消したスクリーンの暗闇が、劇場の暗闇と一体化して、まるで映画を見ている一人一人に伝えているようでした。
これだけでもこの映画の価値はあるんじゃないでしょうか。
見ていると、ふと『ドライブ・マイ・カー』を思い出すようなロードムービーになっていて、旅を一緒にするうちにまるで家族のようになっていくんです。
犯罪や社会問題を含みながらも、やっぱり温かい家族映画なんですよね。
是枝監督の『万引き家族(2018)』『そして父になる(2013)』と通じる部分が多々あり、家族のあり方について考えさせられます。
映画評論家のイ・ドンジンさんが、この映画は『そして父になる(2013)』とまるで2部作のようだと言っていたんですが、なるほど納得!
(実際に”赤ちゃんポスト”は『そして父になる』の制作過程で出てきた題材だったそう)
父性がもともとあるというよりは、努力して作っていくもの、一種の責任、選択であったように、「子供を産めば母親なのか?」という問いを追いかけていく。
(このセリフは『万引き家族』にも出てきます)
監督の強いメッセージ以外は、エンディングも含め、はっきりとした説明がなく、そうした余白があるところがおもしろいところであり、また、観客の好き嫌いが分かれるところでもあります。
最後の最後まで、どうなるのか見守りながら家族について考えさせられ、はっきりしないものの、いやだからこそ余韻が残る映画でした。
韓国ではエンドロールになるとすぐ係員がドアを開けて、みんなすぐ出ていっちゃうのがカルチャーショックだったんですが、この映画は珍しくしばらく座っている人がいました。
メインキャストだけでなく、知らされていなかった隠れキャストに何度も驚きつつ(後述)、是枝監督は本当に韓国ドラマよく見てたんだなあと思いました笑。
(そんなキャストが出るたびに、「うわ~〇〇も出てるんだ、すごい!」「監督よく知ってるなあ」ってストーリーから脱線してしまったのも事実…)
韓国語と日本語のニュアンスがやっぱり違うので、日本語字幕だとまた違う印象になりそうですが、一部分、韓国語の暴言がかなり強すぎて(韓国は悪口や罵り言葉がめちゃくちゃ多く、ダメージ度も大)、監督作品らしからぬ感じもありました。(韓国らしいとも言える)
でもドキュメンタリー作家出身らしい画面の切り取り方や、子どもが生き生きとしている監督の良さもやっぱりあって。
正直、監督作品の中で一番とは言えないものの、これだけ多くの話題があり、監督には珍しいストレートなメッセージ、なにより言語の壁を越えて、日韓それぞれのスター監督、俳優、制作陣が協力して映画を作ったこと自体すごいことで、監督の代表作の一つとなる映画には違いありません。
韓国で是枝監督が歓迎されているのは、やっぱりうれしいよね
韓国での評価
観客数:125万人(公開5週間後の7/13時点)
評価(10点満点):観客 6.71点(1,194人)、記者・評論家 6.63点(8人)、ネチズン 5.52点(8,549人)
けっこう辛口です…。
好評 |
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不評 |
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韓国では、日本映画は静かで穏やかな印象、この作品もそうした日本の映画の雰囲気だと思った人が多かったよう。韓国映画かハリウッド映画が大半を占めている韓国で、超話題作として見てギャップを感じた人も多かったのでは。
また、韓国の俳優たちが韓国語で演じているので、今までの監督作品で感じたものとはまた違う印象を抱いた人も多かったよう。
一方、監督の強いメッセージが心に響いた人も多く、涙がポロポロこぼれた、余韻が残った、考えさせられる内容だったという人も多々。
映画好きや是枝監督ファンの間では、熱い感想が多かったよ
見どころ解説
『ベイビー・ブローカー』で楽しめる見どころをお伝えします。ネタバレはありません。
ソヨンの心を表す天気
この映画の主題でありながら、子どもを捨てる母であるソヨンの気持ちが、はっきりわかるセリフや描写はほとんどありません。
そんなソヨンの数少ないセリフの中でも、雨や傘がでてくる内容がカギになっていて、
映画冒頭で子供を捨てる場面では土砂降りの大雨だったし、
(『パラサイト』の土砂降りを思い出してしまうのは、同じ撮影監督だけに納得)
天気がソヨンの心情を表す重要な要素になっています。
それゆえか、すごいいい天気というより、どんよりしてたり、淡い色の天気が多いんですが、ラストがどうなるかお楽しみに。
雨粒に手をかざすシーン
是枝監督の『空気人形(2009)』で、人形が雨に手をかざすと、ペ・ドゥナ演じる人形になって生気を得るシーンがあるんですが、
(ここは本当に自然すぎて、替わったのがわからないぐらいすごかった!)
ソヨンにも同じシーンがあります。
彼女にとってどんな意味があるのか見てみてください。
この仕草は監督ならではの感性なんだろうなあ
登場人物5人それぞれの視点
登場人物それぞれの視点で見ていくと、映画がとても深くなっておもしろいです。
ソヨン(イ・ジウン / IU)
子供を産めば、母性は必ずあるものなのだろうか。
子供を捨てた後、また戻り、子供を売りに行く旅を一緒にすることで、ソヨンがどう変わっていくかに注目。
IUは商業映画デビュー作になるよ
サンヒョン(ソン・ガンホ)
どんな人も善悪分けることはできないにしても、サンヒョンほど複雑な人物はいないんじゃないだろうか。
捨てられた子供を売ろうとする一方で、普段はとてもいい人だったりする。
ソヨンの過去の傷や汚れを洗い流したいという想いを、実際にしてあげようとするのが「洗濯屋(クリーニング屋)」の装置だったのかもしれません。
そんなサンヒョンの願い、守ろうとしたものは何だったのだろうか。
やっぱり演技すごいなあと感じるシーンがあるよ
ドンス(カン・ドンウォン)
児童養護施設で育ったドンスは、手紙を残し子供を捨てたソヨンと、母に捨てられた子供ウソンにどう接していくだろうか。
比喩的に、捨てられた子供であるウソンが成長したのがドンスであり、自分を捨てた母とどのような会話をするのだろうか。
カン・ドンウォンはカッコよさに目を奪われがちだけど、演技もいいよね
スジン(ペ・ドゥナ)
ブローカーを遠くから監視しながら、実は最初のセリフもスジンで始まり、最後の流れを作っていくキーパーソン。
6ヶ月も”赤ちゃんポスト”を見守ってきたゆえか、子供を捨てる母に対してまるで世間の声を代弁するかのよう。
正義感あふれる刑事でありながら、結果を出すためにどう動くのか。
はっきりとは出てこないものの、彼女がどんな過去をもっていて、気持ちがどう変わっていくのかも見どころ。
表面上にはわからない、人物の背景とか深層まで感じさせてくれるよ
イ刑事(イ・ジュヨン)
メインキャストの中で、唯一名前がついていない人物。
それゆえか、スジンの後輩ではあるものの、一番客観的。
それぞれの視点がわかると、もう一度見たくなるよ~
隣り合わせの善悪
「捨てられた子供を売ってお金を得る(人身売買)」でありながら、「子供のために養父母を探してあげる」というような善悪表裏の出来事や人物がちょくちょく出てきます。
ある人物は、実はだれかと同じような人物であるし、
ある考え方は、実は”赤ちゃんポスト”と同じことだったりします。
韓ドラを楽しんだ監督が選んだ豪華キャスト
この映画の始まりは、2015年のプサン映画祭で監督がソン・ガンホに声をかけたところから始まり、カン・ドンウォン、『空気人形』に主演したペ・ドゥナまで決まっていたそう。
それからコロナ禍を経て、監督が韓国ドラマをたくさん見た中で、『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』に出演していたイ・ジウン(IU)と、『梨泰院クラス』のイ・ジュヨンがキャスティングされたのは知っている人も多いのでは。
で、驚いたのはそれ以外に特別出演も含め、なんとも豪華キャストが次々と出てくるではないですか!
どんな役で出てくるのかは、見てのお楽しみに!
リュ・ギョンス
ご存知『梨泰院クラス(2020)』でセロイと刑務所で出会い、お店を一緒にしていたスングォン役でしたね。
『地獄が呼んでいる(2021)』でも、新興宗教団体の幹部役としてインパクトありました。
>>『梨泰院クラス』名言からスピ的解釈:今からパクセロイのように夢を叶えられる生き方
ソン・セビョク、キム・ソニョン
写真左は『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜(2018)』で3人兄弟の末っ子だったソン・セビョク。(長髪&メガネを想像してみて)
このドラマで元映画監督の役でもあり、是枝監督の『誰も知らない(2004)』について話すセリフもありましたね。
映画『母なる証明(2009)』ではセパタクロー刑事、ドラマ『憑依 ~殺人鬼を追え~(2019)』では主演を演じています。
>>『マイディアミスター 私のおじさん』感想:IUの衝撃的な演技&生い立ちを思う隠れた名作ドラマ
>>『母なる証明』ネタバレ解説:実は〇〇の話だった!監督インタビューによる再解釈
写真右は『愛の不時着(2019-2020)』で社宅村の人民班長だったキム・ソニョン。
『椿の花咲く頃(2019)』では、主人公の住む町の口うるさいおばちゃん役、その他『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜(2015-2016)』、『静かなる海(2021)』など。
>>『愛の不時着』のキャストがすごい!カメオや脇役に主役級、旬の俳優25人知ってる!?
>>『椿の花咲く頃』感想:2019年最高の韓国ドラマ!ラブコメ×サスペンス×号泣=満足度200%
パク・ヘジュン
今でも彼の顔を見ると反射的に、『夫婦の世界(2020)』が浮かんでしまうほどの強烈な役を演じました。
実は『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜(2018)』や『アスダル年代記(2019)』にも出ていますね。
>>『夫婦の世界』感想:1話みたら止まらない!サスペンス調の不倫劇~ケーブル最高視聴率
>>『アスダル年代記』感想:韓国の神話をモチーフにした韓国版ゲーム・オブ・スローンズ
イ・ムセン
彼もなんといっても出世作はドラマ『夫婦の世界(2020)』。
その他、ぺ・ドゥナ、キム・ソニョンと共演した『静かなる海(2021)』や、ソン・イェジン、チョン・ミド主演の『39歳(2020)』にも出演。
>>『静かなる海』感想:一人ずつ死んでいく怖さがたまらない!ピンと張った緊張が続くSFサスペンス
イ・ドンフィ、キム・セビョク
写真左は『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜(2015-2016)』、『ペガサスマーケット(2019)』のイ・ドンフィ。
映画『エクストリーム・ジョブ(2019)』、『ニューイヤー・ブルース(2021)』などでも活躍する彼は、実は歌手が顔負けするぐらい歌がめちゃくちゃうまいんです。(関係ないけど)
>>『エクストリーム・ジョブ』感想:映画全編がコント!?大笑いしてスッキリする映画
写真右は映画『はちどり(2018)』で漢文の先生を演じたキム・セビョク。
その他、映画『逃げた女(2019)』、『あなたの顔の前に(2021)』、ドラマ『ホームタウン(2021)』など。
>>映画『はちどり』ネタバレ解説:オープニングや呼んでも気づかない母に込めた監督の想い
ベク・ヒョンジン
一見普通の人と思いきや、この方俳優だけでなく、ロックバンドや音楽監督、画家など芸術分野でも活躍するマルチな人。
ソン・ガンホ、ペ・ドゥナも出演しているパク・チャヌク監督の『復讐者に憐れみを(2002)』では音楽監督をしているし、
俳優としては、映画『サムジングループ英語TOEICクラス(2020)』、ドラマ『模範タクシー(2021)』、『悪魔判事(2021)』などに出演。
それにしても豪華でビックリしたよ
贅沢な映像と繊細な音楽
プサン~ソウルへと向かう旅を、韓国の海を代表する東海岸を経由していく美しい風景が背景になっています。(とはいえ、部屋や車内がメインなので、あくまで背景という贅沢さ)
監督は初めてKTX(韓国の新幹線)に乗った時にトンネルが多いのに驚いたそうですが、光と闇の交差や、騒音がうまく演出に使われていました。
冒頭の土砂降りから、淡い色の空まで、前述したいろんな天気も楽しめますが、ホン・ギョンピョ撮影監督はなるべく自然光を使って撮る努力をしたそう。
また、チョン・ジェイル音楽監督は、簡単な音の調和や、空間や余白が多い音をこんなに繊細に配置しなければならなかったのは初めてだと言うほどに、この映画と音楽が一体になっていました。
イ・モグォン美術監督は是枝監督が実際に現場に行って、その場の空気を感じていたのが印象的だったようで、子供たちがボールで遊んでいる場だったら、壁にその跡をつけたりするようなディテールに感心したとのこと。
そこで暮らしている人たちが見ている風景の中で、人物を撮ることが重要だという是枝監督が、韓国でどのような風景を切り取ってきたか、
また、撮影しながら完成させたという結末にも、ぜひ注目してみてください。
画面の隅々まで、リアリティがある日常が感じられるよ
最後に:監督が『マグノリア』の曲を使ったわけ
スジンが張り込み中に電話をしながら、映画や流れてくる曲について話すシーンがあります。
具体的には、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア(1999)』、曲はエイミー・マンの「Wise Up」(歌をリレーしていくあの曲!)です。
監督はなぜこの曲を使ったんでしょう?
ちょうど韓国の試写会で監督が答えてくれていました。
監督が好きな映画、曲でもあり、ある瞬間に自分の人生が思いどおりにいかないと感じた時にこの曲を使いたいと思っていたんだそうです。
きっとこの時のスジンの心境と重なっていたんですね。
『マグノリア』もまた見たくなっちゃうね